職業柄、不規則ではあったものの数日間の休暇を得た8月は半ば。
今一つはっきりしない今年の夏空は、肝心の日に台風の接近も重なり 予定していたあの場所への再訪も少々心配になってきたのは事実だった。 でも、菜園の向日葵の様に明るいダヴィッドさんの笑顔と彼が作る愛情たっぷりの 美味しいパンに魅せられた僕は、天候の好転を信じて予定の時間に足利を出発した。 それに今回のつくばツアーにはどうしても訪れたい場所があと二箇所もあるんだ! それは、Elvis Cafe を綴る僕にとって夏の思い出を作るのにぴったりの場所・・・ そう、“夏の陽”の思い出に・・・ さわさわと風にたなびく薄黄金色をした麦の穂の遥か向こう、 緑に覆われたなだらかな裾野の中腹に小さく見え隠れする朱色の鳥居。 筑波山の麓までやって来た僕は、流れる雲が山の頂上を覆ってゆくのが とても気になって、付近の駐車場に車を停めて暫くの間眺めていた。 白・・・黒・・・緑・・・何本もの直線が一点に集まるその先に小さく見える筑波山。 この何処までも果てしなく続いてゆくかの様に思われる深緑の回廊を進み、 つくばの街を縦断しきった頃に辿り着くダヴィッドさんのパン屋さん・・・ 彼が此処を訪れた際、この街路樹は必ずと言ってもいい位紹介されていたっけ・・・ ダヴィッドさんと(そしてご家族の皆様にも!)素敵な再会を果たした僕は、 筑波山の方から南下してきたこの国道を筑波大学の辺りまで戻って来たのだ。 つくば植物園 この通りを隔てて大学の真向かいに位置している国立の植物園こそ、 今回僕がどうしても訪れてみたかった最初の目的地だったのだ。 非常に大きな植物園は、屋内外を合わせ約3000種類もの世界の植物が 栽培されており、広大な敷地は当然の事ながら生息環境ごとに区分けされていた。 ヤマユリ まだ十回にも満たないこのElvis Cafeだが、お気に入りの花であるのは勿論、 初夏にスタートしたという事もあって百合の仲間を紹介する機会が多かった。 大きく開いた純白の花弁の真ん中に入った黄色いラインと茶色の斑点、 更にその表面を漂うオレンジ色の細長い葯とまるで恒星の様に鎮座する柱頭。 その全てがあたかも計算しつくしているみたいな完璧なフォルムとバランス。 そんな、夏の花の王様と形容したくなってしまうこのヤマユリだけれど、 僕が真っ先に思い出すのは、やっぱり彼のあの日記の中だった。 兄弟と父の“ひと夏の思い出”・・・僕も思い出を求めて此処まで来たんだ! キヨスミギボウシ この植物園では、普段お目にかかる事の出来ない希少な植物に出会えたりもする。 その名の通り清楚な淡紫の君を見掛けた僕は、先日の“清く澄んだ”日を思い出していた。 そして中央広場では、この季節の野草としては非常に人気の高いあの花が咲いていた。 サギソウ 透き通る様な白い翼を大きく開いて可憐に羽ばたこうとしている白鷺の花は、 同時にあの悲しい物語をも連想させる悲哀に満ちた表情をも覗かせている様だった。 その美しく舞う姿に、一年のほんの一時だけ酔いしれてしまうのだ・・・ 綺麗な白鷺に別れを告げた僕は、温室の方に行ってみる事にした。 熱帯資源植物温室 まるでジャングルの中に突然現れたガラス製のピラミッドみたいな大きな三角形の温室は、 一瞬でアマゾンかインドネシアの熱帯林にワープした気にさせる不思議な空間だった。 でも、そんな非日常的な、ドキドキする感覚を期待して僕は中に入った。 非日常?・・・ドキドキ?・・・此処はディズニーランドでも映画館でも無い単なる 植物園の温室で、いくら珍しいと言っても唯の植物が並んでいるに過ぎない。 でも、どういう訳か今の僕には此方の方がずっと魅力的に感じるのだった。 此処にあるモノたちが・・・“リアル”だからかな? そう、此処はリアルな植物に覆われた“ジャングル”なんだ!! そして真っ先に僕を出迎えてくれたのが・・・ バナナ まるで此方に手招きしているみたいなコミカルな風貌の萼の付け根からは、 この姿から想像もつかない可愛らしい花が咲き、やがて例の黄色い実をつける・・・ Cindy、君の日記には幾度となくバナナが登場するけれど、こっちは見た事無いんじゃない? カカオ 更にもう一つ、君の大好物の“本来の姿”を紹介しておくよ。 それにしても、これがあの甘くとろける魅惑のチョコレートの元の姿だなんて、 初めてチョコレートを作り、食した人々には驚きを通り越して感嘆の念を覚えるよ。 君もそう思うだろう・・・いや、そんな事は考えないよね・・・(褒めているんだ!) ウツボカズラ 思わず微笑んでしまいそうなユーモラスな植物を見た僕は、 先日遊びにきた甥っ子が持っていたポケモン図鑑を思い出した。 今思うと、あのアニメには珍しい花や植物をイメージしたキャラクターが 少なからず登場していたけれど、最近まで全く気にも留めていなかったっけ・・・ 温室を後にした僕は、この広い植物園を更に散策してみる事にした。 敷地内には池や湿地もあって、其処に生息する希少な植物にも出会えた。 そんな中、絶滅危惧植物が植栽されているエリアで見つけたのが・・・ 今回のイニシャルでもある、「ト」の花だった。 「トラノオスズカケ」 細長い茎から等間隔に付いた葉は一枚ずつ左右交互に出ていて、 葉の付け根から小さな円錐状の紫の穂がちょこんと伸びていた。 淡い紫の付け根と爽やかな黄緑の穂先のコントラストが清々しいけど、 この可愛いフォルムとツートーンのバランスから僕が連想したのは・・・ 何を隠そう“アポロチョコ”だった!! 彼に負けじと、僕もチョコやお菓子が大好きなんだ・・・ 本来は山伏が修行の際に身に付けた鈴懸と太くて荒々しいイメージの虎の尾が 名称の由来なのだと言うのだけれど、僕の中ですっかり“アポロ”になってしまった イニシャル「ト」の君には恐らくこの様な場所でしか会う事が出来ないのかも知れないね。 本当の虎だってもう動物園でしか見る事が出来ないんだ、21世紀の現代では・・・ 中央広場から入り口までのプロムナードを歩いていた僕は頭上を覆い尽くす 街路樹の無数の黄色い葉っぱと、木漏れ日の優しい日差しをぼんやりと眺めた。 「トチノキ」 僕の地元、栃木県の県木がこのトチノキである事は小学生の頃から知っていた。 でも、こんな形の木でこんな色の葉っぱをつけるなんて、今まで意識した事も無かった。 植物のブログを始めて僕が知ったのは花や草の事だけでは無くて・・・ そう、僕が住んでいる土地の風土や歴史、いつも見ていた(筈の)木や空の色、 更には空気や土の香り、風の心地良さまで新鮮な感じがした・・・ トチノキのプロムナードを渡り正門を出た僕は、もう一つの目的の場所に向かった。 僕が忘れていた自然の恵みを思い出させてくれる、もう一つの場所に・・・ 市街地に位置しながらも大きな通りからはかなり奥まった場所に位置していた。 周りを竹林に囲まれ、すぐ側にはお寺もあって、本当に此処が開発著しい 研究学園都市の街中なのだろうか?と感じてしまうロケーションだった。 このスタイリッシュな外観と、全く相反する様なお店の名前・・・ 都市と自然、現代と歴史が絶妙に溶け合った、そんな印象が此処にはあった。 そして一歩中に足を踏み入れると・・・ 目の前に広がるカウンターを彩るスイーツの数々に僕はすっかり舞い上がった! これは彼がウットリとするのも無理は無いだろう・・・僕もそうなのだから・・・ スッキリとした印象の洗練された店内は奥のカフェスペースまで続いていた。 真っ白な背の高い壁と無垢材のテーブルは、意図的に装飾を極力排していた。 その訳は・・・視線を上の方に向けてみると・・・あっ!! そう、此処では“本物”が店内を飾ってくれているのだ。 先程“何の装飾も無い”と告げた店内だが、二つばかりの例外があった。 一つはワインを陳列している棚の上に掛けられた非常に大きな葡萄の絵画、 そしてもう一つが、カフェスペースの真っ白な壁に掛けられた4枚の植物の絵。 四季だろうか、それとも此処つくばの自然だろうか、同じサイズの正方形の4枚は 其々が個性的でありながら一枚の絵巻物の様に繋がっている風でもあった。 それらの絵画があたかも4つの窓越しに覗く風景の様に自然に存在していたので、 部屋を飾っているというよりこの建物の必要不可欠な一部といった印象がした。 そんな4枚の絵の中で一際僕の目を捉えた一枚があった。 全てを受け止めてくれるカンバスいっぱいに広げた大きな白い花弁、 そのゆったりで泰然自若な佇まいは穏やかで落ち着いた気分にさせてくれた。 そして、“それ”は店内に陳列されていたワインの木箱の中で休んでいた。 あぁ、見つけたよ・・・ 僕は“夏の花”を求めて、此処つくばにやって来たのさ。 実は事前に取り置いてもらっていたのだが、こうして木箱に入った 彼を見ていると何だかこっちまで安らいだ気持ちになってくるんだ・・・ 知る人ぞ知る自然派ワインとスイーツのお店ではあったが、 更にもう一つ、このお店で忘れてはならないのが・・・ クマさん、キミもお腹が空いていたんだよね。 大好きなチョコレートパン・・・あっ、彼の大好物でもあったよね。 まずサーヴされたのはひんやりとしたこのスープだった。 ぽってりとした舌触りは、野菜の質感をなめらかに感じられるギリギリの バランスを保っていて、スープでありながら野菜そのものを食している気分だった。 以前、このブログをスタートさせるきっかけになったあのお店で 最初にスープが運ばれた際に店主が言ったひとこと・・・ 先ずこのスープで身体をチューンナップして下さい 一口、また一口、僕はその言葉を思い出しながらスプーンを口に運んだ。 野菜の甘みとコクがまるで身体の隅々に沁み渡っていくのを感じながら・・・ キッシュと塩味パウンドケーキのお皿 キッシュ・・・パウンドケーキ・・・サラダ・・・そして、デザートまで!! 思わず歓喜の声をあげてしまいそうな、バラエティーに富んだこの一皿は、 更にキッシュとパウンドケーキを好みに応じてチョイスする事も出来た。 メニューに踊る魅力的な食材の数々から一つだけを選ぶ時のワクワク感に、 プレートが運ばれるまでのドキドキ感とテーブルに置かれた際の感激と言ったら・・・ キッシュプロバンサル なす、トマト、ズッキーニといった夏野菜がたっぷりと入ったキッシュの、 ふんわりとした卵のまろやかさの中から溢れ出すジューシーな野菜たち。 ほど良いやわらかさとギュッと詰まった食感の野菜本来が持っている 甘み、酸味、コクと旨みの全てrがサクサクの生地とふわふわ卵にマッチして・・・ 太陽の恵みをいっぱいに受けたプロヴァンス地方の郷土料理を そのまま頂いている様な、陽気で元気な夏に相応しいキッシュだった。 更にパウンドケーキも夏らしいひと品に決めていた・・・ ケーク・オリーブシトロン このお店のスペシャリテと呼ぶにピッタリの塩味のパウンドケーキは、 そのまま頂いても勿論最高なのだけれど、このプレートに合わせた際の 他の料理との絶妙の相性は他では決して体験する事の出来ないものだった。 ふんわりでしっとりとした食感の生地から仄かに薫るレモンの爽やかな香りと 心地良いほろ苦さ、そして微かな塩味が生地の優しい甘さをも一層引き立てていた。 思わず夢中で頬張っていくと、所々にオリーブの実がゴロっと散りばめられて、 ムギュっとした食感と共にオリーブ特有の香りが丁度良いアクセントになっていた。 キッシュがプロヴァンスならパウンドケーキはイタリア南部だろうか、 共に地中海のそよ風をいっぱいに感じさせてくれるプレート・・・ ハーブティー 食後にのんびりと頂く温かいハーブティーは胃腸の調子を整えてくれるばかりか、 食事での興奮を穏やかな気持ちに誘ってくれ、とてもまったりとした気持ちにしてくれる。 香り立つハーブの心地良さに、僕は暫くの間席を立つ事が出来なかった。 つくばで出会った2回目の向日葵は、竹林に覆われた“フランスの田舎”の、 ピュアな空気がゆったりと漂っている、この真っ白な建物の中だった。 足利を出る際の何処か不安を掻き立てる様な鼠色の空模様は、 何時しか真夏の抜ける様な青空と雲へと変わっていた。 まるでビールやソーダの様に栓抜きで開栓すると、ポンっと響く軽やかな衝撃と共に キラキラと輝く白金色の液体がシュワシュワと音を立てながらグラスに満たされていく。 暑い休日の午後、やや強めに冷やされたワインはスッキリとしたのど越し、 爽やかな味わいはそのままに、夏の薫り・・・大地の薫り・・・太陽の薫り・・・ 葡萄と自然と作り手の情熱が一つになった綺麗なグラスをぼんやり眺めながら、 僕はこの1ヶ月の、そう、Elvis Cafeが始まったこの夏の思い出を噛み締めていた。 ポタジェとカンパーニュ・・・ 向日葵とヒマワリ・・・ パンとワイン・・・ この夏つくばの地で二つの“夏の陽の思い出”を作った僕だったけど、 まだまだ暑い夏は終りを告げてはいなかった・・・恋焦がれる様な褐色の・・・
by mary-joanna
| 2009-08-16 13:35
| 色は匂へど
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