セ.最後のイニシャルの女の子

やぁミチル、メールありがとう・・・そして、第一志望合格、本当におめでとう!
この前は少し早い桜の花を送ったけれど、これで本当のサクラサクだね。
カケルの奴は・・・まぁ、一応市内の県立高校には合格したんだけれど、
ミチルと離れてからすっかり元気が無くなって・・・尤も、相も変わらず
馬鹿げた事ばっかり言ってみんなを困らせ・・・楽しませているけどね。

そう言えば、ミチルとカケルは去年の秋に二人で川の向こうにある
パン屋さんまで・・・自転車で行ったんだってなぁ!!お前、確か
退院したばかりだったけれど、身体の方は大丈夫だったのか?
あの後、カケルの奴、本当に嬉しそうに語っていたんだぞ・・・
ところでミチル、“わらしべパン屋の花火大会”って何だい?

でも、引っ越す前にいい思い出ができて本当によかったなぁ・・・


あのなぁ、ミチル・・・君に大事な二つの事を伝えておきたいんだ。

まず第一に、先生な、この春に転勤で足利を離れる事になったんだ。
ミチルも足利から離れてしまって・・・足利に残るカケルともお別れで・・・
少し寂しいけど・・・これで三人ともバラバラになってしまうんだよなぁ・・・

あともう一つなんだけど、ほら、先生が続けてきた花とカフェのブログ・・・
ミチルも楽しみに見てますって言ってくれたあのブログ、次で終わるんだ。
「イロハ」順に花を紹介してたけれど、遂に最後のイニシャルまできたよ。
その前に、最後のイニシャルの花を手に入れるのにどうしても行かなくちゃ
ならないパン屋さんがあってね・・・ミチル、この最後の2回は絶対に君にも
見て欲しくて、こうして綴っているんだけど・・・君は本当に勘が鋭い子だね。


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彼がつくばを訪れる際に必ずと言っていい程掲載していたのがこの城の写真だった。

栃木県方面から国道294号線をひたすら南下していくと向かって左手に見える
筑波山と入れ違う様に前方右手に忽然とその荘厳な姿を現してくるのだった。
どうやら市の公共施設で歴史的建造物では無いらしいのだが、この完成度、
更にこの大きな天守閣の周りに点在する櫓群を目の当たりにした僕は、
彼ならずともカメラに収めたくなる気持ちも分らないではなかった・・・

そう言えば、半年前にも同じ場所でそんな事を呟いていたっけ・・・
そしてもう一つ、つくば市内に入り国道408号線を進んで・・・


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一見したところ単調極まりないようにも感じられる、国道408号線に沿って南下する
果てし無く伸びるこの並木道の風景。だがこの街、つくばでは見慣れた筈の風景も
彼の手にかかれば春夏秋冬、四季折々で街路樹が見せる豊かな自然の表情を、
まるで一枚の絵葉書のように切り取って、これから始まる夢のようなひと時の
プロローグのひとコマとして、無くてはならない風景に昇華させていた。

城郭と街路樹・・・全く関連性は感じられないのに、もう既に・・・
そして、僕も彼の背中を辿って此処まで来たんだって・・・


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何処までも続いてゆくと思われるこの街路樹とも、暫しのお別れがやってくる。
工場と住宅地が混在する、地方都市の郊外によく見られるシチュエーション。
目印が無いと通り過ぎてしまいそうな交差点を住宅地方面へと入っていく。

程無くして(これも上記のシチュエーションにはお約束なのだが・・・)
小さな公園へと辿り着くが、この場所には特別な思い入れがあった。
僕にとっての思い入れは公園じゃあないんだ・・・直ぐ側に咲く・・・


車を停めて公園の脇の歩道へと僕は歩み寄った。昨年の夏の事だった。
未だElvis Cafeをスタートさせたばかりの頃・・・揺るぎ無い信念の・・・
そう、絶対に彼の下に辿り着くんだって誓った思い出の場所に・・・
今、こうして最後のイニシャルを求めて再びやって来たんだよ!

でもその前に、彼の日記に度々登場するあの花を紹介しなければ・・・
ほら、枯れる事も、折れる事も無く・・・皆の視界の外れで咲いている・・・


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「セイヨウタンポポ」


厳密に言えば恐らく在来種のカントウタンポポと交配された雑種であろう。
海外からの種の混入によって従来からその地に存在していた固有の種が
絶滅の危機にあるという事実は、何も動物や魚類に限った話ではない。
昨年の秋だったか、渡良瀬遊水地の土手を淡い黄色で覆いつくした
セイタカアワダチソウという背の高い草花を紹介した事があったが、
あれも外来種による生態系の破壊の、典型的な例の一つだった。

話を戻そう。僕はこのElvis Cafeの物語でArnold日記に度々登場した、
黄色の細かい花弁を身を寄せ合って佇む君を何時か紹介したかった。

あの世間から打ち捨てられた、忘れ去られた寂れた通りの片隅で、
まるで時が経つのを止めてしまったかのようなセピア色の路地裏で、
Arnoldが旅立つ直前の、最後の晩餐に選んだあの橋のムコウで、
季節も場所も関係無く誰にも邪魔されずのんびりと羽を休める君。


控え目に着飾った小さな黄色い羽を永遠の旅立ちの衣装でもある
真っ白な羽毛に着替えてしまうには、如何やら間に合ったみたいだ。

彼に会う前に、君の姿を絶対に僕の眼に収めておきたかったのさ。
この数ヶ月間、Elvis Cafeと共に歩んできた愛用のカメラに君を収め、
公園の歩道をに別れを告げると直ぐ先の曲がり角に見えてくるんだ・・・


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david pain


ハッキリとそれと分かる周りの景色に良く映えるグリーンのサイディングの一軒家が・・・
明るいブラウンのウッドデッキに真っ白な窓枠、スッキリとした意匠の2階建ての
真ん中には誇らしげに・・・でも何となく可愛らしい“david pain”の白い文字。

“パンの街”と称されるつくば市で、僕が知っているたった1軒のパン屋さんは、
つくばの市街地からうんと離れた住宅街の只中に、のんびりと店構えていた。


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 davidさん、昨年の夏以来、大変ご無沙汰しておりました。
 お身体の方はお変わりありませんか?



入り口の扉を開けた瞬間、対面式のカウンター兼パンの棚の向こう側から満面の笑顔で
出迎えてくれたdavidさんに、僕は確かこのようなありきたりの挨拶を交わしたのを覚えている。


 今日はdavidさんの作る美味しいパンとお菓子を購入しに・・・
 そして、あの夏の日の約束を果たしにお邪魔しました。



あの夏の日の早朝と全く変わる事の無い、ゆったりと穏やかな空気に包まれた店内は、
davidさんが見せる人懐っこい笑顔と同様に、長旅による疲労と緊張を解きほぐしてくれた。


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全く飾りの無いシンプルで素朴なナチュラルウッドのパンの棚の窓からは、
毎朝早くからdavidさんが丹精込めて焼いたパンが丁寧に並んでいる・・・

・・・筈だったが、Openから丁度3年が経ったこのブーランジェリーは、地元は勿論、
関東全域・・・更に全国のパン好きな人々にも注目される存在へと既に成長しており、
僕が訪れたのは平日の午前中だったにもかかわらず、半分ほどしか残っていなかった。


それでもラッキーな事に、店のブログで気になっていた季節のお菓子を手に入れた。


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いちごのタルト


まるで宝飾店のショーケース越しに眺めるジュエリーのように艶やかなルージュの輝きで
一瞬にして僕を虜にしてしまったのは、地元つくば産のフレッシュな苺の潤んだ表面だった。

前回の訪問時にウッドデッキのテラスで頂いたマカロンが忘れられなかったので、
今回も是非、此方のカフェスペースでスイーツと一緒にのんびり寛いでいたかった。
そしてこのタルトに一目惚れした僕は、早速オーダーして更にケースの中を覗き込んだ。


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有機抹茶のフィナンシェ


彼の日記にも登場した渋いグリーンがかえって印象的な定番の焼き菓子。
和菓子を彷彿とさせる微妙な色合いの焼き加減を作り出しているのが
他ならぬフランス人のdavidさんだなんて・・・彼も敬服していたなぁ・・・


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横長の店内の端に設えたカフェスペースはお世辞にも広々とは言えないが、
不思議にも、実際のスペース以上に寛ぎと安らぎが感じられるのだった。

カウンターに並んだ白いカバーのハイチェアーは、彼が初訪問の際に座った場所だ。
そして僕もまた、彼の後に倣うかのようにこの白いチェアーに腰掛ける事にした。
右手のコルクボードに貼られた各種フライヤー・・・つくいちの噂は届いてるよ!


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此方にはシックな印象の半円のテーブル席があり、その上に掛けられていたのは・・・


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右側の、まるで天空の城ラピュタみたいな建造物は、かの有名なモンサンミッシェル・・・
そう言えば、フランス人のdavidさんが風土も文化も全く異なる此処日本の、
しかも地方の都市で生活していくのだから・・・さぞ心細かった事だろう・・・

おや、隣りの絵画は何処かの街の路地を切り取ったみたいだけれど・・・


  実はこの二人、私と妻なのです・・・  


昨年の夏にも目にした筈の絵画だったが、まさかこの二枚が奥さまのお父様によって
描かれた作品であり、この寄り添ってモンマルトルの丘を歩いてゆく後ろ姿の男女が
davidさんと奥さまだったなんて・・・それにしても、何てロマンチックなのだろう・・・

実際には一瞬だったかも知れないが、この絵をすっと眺めていた気がしていた。
そう、davidさんには愛すべき奥さまと、ご家族の皆さんと、それにdavidさんが
焼くパンを楽しみに待っていらっしゃるファンの方々・・・みんな一緒なのですね!!

そして何よりも、davidさんと奥さまの間には二人の愛くるしい・・・
そう、僕は此処までお願いをしにやって来たのだった・・・


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いちごのタルト


持ち帰るパンの他に店内で頂くスイーツが、昨年の夏以来の僕の密かな楽しみだった。
実はこの組み合わせにしても、Cindyがこのdavid painで必ず行っている事だった。

そして、今回僕が楽しみにしていたスイーツが、この“いちごのタルト”だったのだ!


本格的な天然酵母の食事パンを焼くdavidさんの事だから、甘い物は・・・
と、当初思っていたのだが、流石はスイーツの本場、フランス出身の職人、
“甘い物はしっかりと甘くないと美味しくない!”ってきたもんだだから・・・

フレッシュでジューシーな甘酸っぱい果汁が溢れんばかりの大粒の苺に、
滑らかでとろんとした舌触りが何とも言えないカスタードが絡み合って、
そのほんのりとした卵とミルクのまろやかさが苺にマッチしてゆく・・・

しかも、カスタードの中からたっぷりと詰まったほろ苦い濃厚な甘さの
ヌガティーンと、ザックザクの香ばしいタルトの生地の相性も抜群!


あのCindyに、“自分など足元にも及ばない甘い物好き”と言わしめたdavidさんの
作るスイーツなのだから・・・うっとりとスイーツな気持ちに誘われるのも当然だろう・・・


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ほんのり心地良い温かさのカプチーノと共に・・・


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トレーの上には、今にも手を伸ばしたくなる美味しそうなパンと焼き菓子。
でもこのパンは自分へのこれまでのご褒美として、大切に持って帰るとしよう。


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クロワッサン


僕にとってdavid painと言えば、このクロワッサンは欠かす事の出来ない、
真っ先に思い浮かべるパンなのだ・・・昨年の夏もいの一番にオーダーしたっけ。


薄い膜のような褐色の表面の層が幾重にも重なった繊細極まりない外観は、
軽くつまんだだけでもハラハラと崩れそうで、しかもしっかりと焼かれていた。

サクサクの軽く香ばしい食感から広がるほんのり甘いバターの心地良い薫り。
端っこの詰まった部分のザクザクと楽しい部分から、渦の一番中心である、
ふんわりととろけるような柔らかな生地に至るまで、絶妙な一体感があり、
クロワッサン全体がバターと生地の様々な美味しさ、風合い、空気感を
存分に堪能する事が出来るのだ・・・うん、何時食べても最高に幸せ!!


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ファントム


そんなスペシャルなクロワッサンをスイーツに仕上げるのだから、davidさん・・・
やっぱり貴方は最高のパン職人だけでなく・・・最高のパティシエでもありますよ!


あの繊細な美しいクロワッサンの表面を覆い隠すどろどろしたクリーム色の塊!!
既に固まっていたが、これはファントム(お化け)の仕業・・・折角のクロワッサンが・・・

・・・何て美味しく“化けて”いる事だろう!!思わず食べる手が止まってしまった!

表面を覆っているどろどろの正体は、ふんわり焼かれたアマンドクレーム。
まろやかな印象の優しい甘さとふわふわした卵の風味がたっ~ぷり・・・
サクサクのクロワッサンも、徐々にもちっとした生地に変化していって、
真ん中には滑らかで優しい甘さのクリームがサンドされていて・・・

こんなにスイートなお化けだったら、もっと襲われてみたい・・・かな?


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レザンいよかん


ポッコリとした可愛らしいまん丸ドームの所々から見え隠れする濃紫の粒々。

思いっ切り大きな口を開けて、豪快にガブッとかみ締めてみると、
サックリと焼かれた香ばしい表面の皮からフルーティーな薫り。
濃厚な甘酸っぱさがギュッと詰まったレーズンと爽やかな
伊予柑の仄かなほろ苦さと甘さが口中に広がっていゆく。

ふかふかの生地との相性も抜群な、スッキリしたフルーツのパン!


davidさんの焼くはシンプルなバゲットからボリュームある食事パン、
スイーツなヴィエノワズリーや焼き菓子まで、どのパンを選んでも、
思わず笑顔がこぼれてしまう美味しさと楽しさに満ち溢れていた。


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きのこ


ほらっ、此処にも可愛くってちっちゃくって、ニッコリ笑顔になっちゃうお菓子が・・・


 あっ、これは奥さまと・・・こんにちは、かわいいスミラーちゃん!


奥さまのスカートの裾に隠れるように此方の様子を窺っている可愛らしい女の子。
その子の手にはディズニーのキャラクターであるスティッチのぬいぐるみが・・・


 スミラーちゃん、“Little Cindy”を大事に持っててくれて、ありがとう!

 それから奥さま、あの夏の日の厚かましいお願いを聞いて頂きまして、
 本当にありがとうございました・・・さっき駐車する際に見てきましたよ。
 とっても綺麗に咲いていました。やっぱりdavidさんの菜園ですね。
 野菜は勿論、お花も元気いっぱいに生き生きと成長していますよ!



昨年の夏の日、僕はElvis Cafeの最後のイニシャルの花の名をdavidさんと
奥さまに告げ、ある一つのお願いをしていたのだ。それは、僕が持参してきた
最後の花の種を菜園の隅に蒔いてもらい、今春、最後のイニシャルの一つ前、
つまり今日、成長した花を頂く為に、再びdavid painを訪れる事だった・・・
※ 勿論ではありますが、フィクションです。

そうだ、最後のイニシャルの花はある女の子の名前から取ろうって・・・
とてもチャーミングで、元気を分けてくれる可愛い女の子の名前から・・・


菜園の片隅に咲く最後のイニシャルの花を丁寧に摘み取った僕は、
davidさんと家族の皆さんに別れを告げて、つくばの街を後にした。

助手席のシートに置かれた紙袋の中に入った小さな素焼きの植木鉢には、
紫色の可憐な花の苗が、車の動きに合わせるようにゆらゆらと揺れていた。


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なぁ、ミチル・・・先生、此処まで頑張ってきたけれど・・・やっぱり駄目だったみたいだよ・・・
何とか彼の下に辿り着こうと46の素敵な店と46の綺麗な草花を紹介してきたんだ。
どの店も、どの草花も、この花のように美しく輝いていたよね・・・でも、先生は・・・

でもね、最後のイニシャルの店で・・・あの人に会えるかも知れないんだよ!
Cindyについての重要な手掛かりを握っている、あの物語に出てくる女性とね。
それが、此処まで頑張って来た僕に出来る最後のショーだと思ってくれないか。


更に、この物語を見て下さった僕の知らない方たちにも了承して頂きたいのです。
直接彼の口から聞く事は出来そうにありませんが、彼女は快く応じてくれたのです。
ですので、次の・・・最後の・・・あの橋のムコウ側で、どんな事実を知る事になるか・・・

・・・あとね、恐らくこの記事を見ているキミたちだって、彼の事を知りたいのでしょう?
・・・結局、僕はキミたちに利用されてきたんだ。でも、そんな事は如何でもいいのさ!
・・・僕にとって、彼が今、何処で何をしているのか・・・そして何故ブログを止めたのか?
・・・一番初めの「イ」のイニシャルから、僕が知りたかったのは唯その一点だけだから・・・


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そして遂にその日を迎える事となった。桜の花が咲き誇るには未だ早い3月某日。

Little Cindyが指定した約束の日・・・数年前、彼のもう一つの物語の中で、
主人公の日記が不可解な終了を遂げたとされる、まさにその“記念日”を・・・


menuの通り、次回がElvis Cafeの最終回となります。このような趣味性の高い、
また稚拙な文章及び写真を、此処まで見て頂きまして本当にありがとうございました。
それから、此方の申し出に快く応じて下さいましたお店の方にも厚くお礼を申し上げます。
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# by mary-joanna | 2010-04-19 18:45 | 酔ひもせず

モ.桃の蕾が綻ぶ頃に

奴との別れの時が近づいてきた。季節は三月も半ば。新たな旅立ち。

両手いっぱいの夢と期待感に、ほんのちょっとの・・・
いや、両手に抱えきれないくらいの不安を胸にしまって、
俺と奴はそれぞれお互いの未知なる世界に向かって
記念すべき最初の一歩を歩み出そうとしていた・・・

幼稚園の入園式で席が隣り合わせになったのが俺たち二人の、そして、
今日まで十数年の腐れ縁のきっかけだった事はなぜか不思議と覚えている。
まだ3~4歳の記憶も定かでない年頃なのに、その日の事は覚えているんだ。
そして、その日からずっと、小中高に渡って、俺と奴は本当に行動を共にしてきた。
それこそマジで殴り合った事も、かたく抱きしめ合った事も、二人っきりで泣いた事も・・・
理由?・・・そんなのは覚えていないけど、とにかく、俺にとって奴は単なる幼なじみとも
友達とも家族とも、どこか違う存在・・・上手い言葉があったら教えてほしいくらいだ・・・
うん、ちょっと照れ臭いけれど、奴は俺にとってかけがえのない存在になっていた。

こうして二人で連む機会も、あの花が綻ぶ頃には終わりを告げてしまうのかと思うと
しんみりとなるものだが、そんな俺の感傷をよそに奴は違う理由で落ち込んでいた。


俺たちはまだまだ回り続けるはずだろう!!こんな所で止まる俺たちじゃないだろう!!
たしかにアレはオマエの・・・そして俺たち二人の一部としてずっと一緒に走ってきたんだ!
だから、オマエの落胆ぶりは俺にはよく分かるんだ・・・でもなぁ、この俺だってなぁ・・・
オマエが愛し続けたアレが、俺のベスパの隣りにない姿なんて考えつかないんだ!

だけど、これも運命かも知れないから、最後に俺たちと一緒に送り出してやろうぜ・・・
二人の愛車に出会い、俺とオマエの思い出がいっぱい詰まったいつもの店でさぁ・・・
優しくて穏やかで、いつでもロックし続けるマスターのいる俺たちの秘密基地へ・・・


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 なぁ・・・もう仕方が無いだろう・・・
 あれは元々ボロだったんだし・・・
 それに、もう十分乗りまくっただろう?
 
 むしろ、逆によくあそこまで走ってくれたと思うぜ、オレは・・・
 だからさぁ・・・って・・・おいっ、いい加減元気出せってよ!!
 いつものオマエらしくね~んだよっ!!下ばっか見て・・・
 それになぁ、今日はオレがおごるって言ってんじゃん!
 今までなかなか無かったぜ、オレがおごるなんて・・・

 あれっ、早かったかな?・・・まだOPENしてないのか・・・
 じゃあさ、店の前にある例の公園で時間つぶしに少し遊んでいこうぜ!
 久しぶりだなぁ、ここに来るのも・・・この公園で遊んだのっていつだっけ?


 コレ覚えてるか?あの時オレがあんまり速く回し過ぎたんで、
 オマエ、目を回してしばらくの間地面にぶっ倒れてたよなぁ~
 あれ、たしか小学生になったばっかくらいの頃だったっけ?
 あれからもう、10年以上も前になるんだなぁ・・・



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 おお!コレコレ・・・この飛行機の操縦席に座る順番でよくケンカしたよなぁ・・・

 ケンカと言えば、小学校の卒業文集でオマエが将来の夢にパイロットって書いて、
 オマエみたいな勉強嫌いがなれる訳ね~じゃん!って言ったらすっげ~怒りまくって
 つかみ合いのケンカしたっけ・・・オレたちの乗り物好きは今も変わんね~けどな・・・


 
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 おい、コッチ来いよ・・・ん?・・・なに照れてるんだ?
 
 オマエ、このかわいい系のやつも大好きだったじゃんか!
 クリクリっとした大きな瞳が・・・なんだよ、懐かしいだろ?


 あれ?・・・そろそろOPENの時間になるぞ、行ってみようぜ!!

 

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 周りはとっても静かだし、すぐ目の前にこんな広々とした公園もあって・・・
 しかもすっげ~いい天気だし、メッチャ気持ちいいよなぁ~・・・って・・・

 おいっ、オマエ・・・ホント、いい加減にしろ!!!落ち込み過ぎなんだよ!!!
 ほらっ、店が開いたからさっさと行くぞ・・・はやくついて来いよ!



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天然雑貨屋 ヒノデカニ商店 & 蟹三カフェ


 マスターが描いたこの看板・・・初めて来たときたしか俺、ヒノデカニ商店と・・・
 蟹三のコトを“かにさん”って読んじゃって・・・いまだに“かにさん”だもんなぁ!
 それに、この日の出とカニのトレードマークは・・・そう、俺たちのチームの・・・
 “ヒノデカニ軍団”のトレードマークになったしな!!・・・俺たち二人のなっ!

 そして、下のコーヒーのイラスト・・・いつ見てもほんわかで和むよなぁ~♪



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 それにしても何回来てもココは高原のロッジみたいで・・・すっげ~気持ちいいなぁ~
 だって正面全部、ウッドデッキなんだぜ!!なんだか爽やかな気分になってくるんだ!

 それにデッキに置いてあるテーブルだって、元々は・・・



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 どれどれ、今日のスペシャルサンドは・・・あっ!!
 やった、ふわふわオムレツとボロニアソーセージだ!

 マスターの奥さんが作るスペシャルサンド・・・サイコ~にウマいもんなぁ!!

 じゃあ中に入ろうぜ・・・こんちはぁ~ッス、俺らですよ~!!



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 あぁ・・・相変わらず爽やかな木の薫りが気持ちいいッスよ~!!
 この木の薫りって・・・ホント、初めての時から変わりませんね!

 それにマスターの店で売っている雑貨だって、どれも天然素材のなんでしょ?
 バイクと車が好きなマスターらしくない気が・・・えっ、全然分ってないなって?
 
 まいったなぁ・・・またそれ言われちゃったじゃないッスかぁ~・・・でもホント・・・
 俺、不思議で仕方がないんですよ・・・だってここにいると機械と自然とが・・・
 何てゆ~か、マブだちって感じで・・・学校で教わったのと違うなぁって・・・
 なぁ、そうだろ?・・・オマエもいつも言ってたじゃん・・・おいっ、まだ・・・



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 おお、これこれ・・・“ヒノデカニのパン”の木箱・・・ここまでやるもんなぁ~!!
 で、中にはこの手ぬぐい・・・どれもカワイイ柄で、俺でも思わず欲しく・・・!?

 何あれ、チョコレートぉぉ~~~!?・・・マヂですっげ~カワイイよ~!!
 このチョコ柄手ぬぐい・・・バレンタインに欲しかった・・・彼女?・・・いや・・・

 ん?・・・おい、オマエ、さっきまで落ち込んでたくせに、何が「ぷ」だ!!



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 あと、何と言ってもこの“牛乳の受け箱”もなんかいい感じだよなぁ~!! 

 最近のはみんなプラスチックのばっかで木の箱なんて珍しいけど、
 やっぱりマスターの店っつたら・・・天然の木じゃないとね~!!
 目立つ黄色とトレードマークがバッチリきまってんじゃん!



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 おっ、今日はスコーンもあるぞ・・・いつもどっちにしようか迷うんだよ・・・あん?
 両方買って食えばいいじゃんだって?・・・まぁ、そ~なんだけどさぁ・・・

 いつだったかスッゲ~いっぱいチョコの入ったスコーン・・・また食べたいッス!

 

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 いつもの席もこれで見納め・・・
 暫くの間、このテーブルともお別れかと思うと、俺・・・

 栗の木なんて、イガイカを投げつけて中の実を食って、
 栗の木なんて、その時に登るしかないじゃんかって、
 二人して言ってたあの頃が懐かしいよなぁ・・・

 そしたら、今座ってるこの木のテーブルが
 栗の木だってマスター言うからびっくりで・・・

 でも、ホントこの木の触り心地ときたら・・・
 オマエ、いつも頬ずりしてたよなぁ~!?



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 こっちのテーブル・・・昔はなんと、ミシン台だってゆ~じゃないか!!
 コツコツと直してキレイに磨いて・・・ホント、これがエコってやつだよなぁ・・・

 それにこっちの椅子はたしか、廃校になった小学校から譲り受けたんだっけ。
 あの端っこに落書きのキズが付いた椅子がオマエ専用だって言ってたじゃんか!
 ここにある家具は本当だったら捨てられてしまうものばかり・・・それをマスターは・・・

 おっ、そろそろサンドが出来あがったみたいだぞ~!!
 


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ふわふわオムレツとボロニアソーセージのスペシャルサンド


 おぉ~!!待ってました~!!
 これこれ、この芳ばしくトーストした香り!
 俺、腹ペコペコで、さっそく・・・いただきま~す!!

 カリカリの表面、アツアツでウマい!!
 で、中は・・・ふわふわたまごのオムレツ~♪
 何だかとっても優しい気持ちになるよね~!
 もう、止まん・な・い・・・!!
 そうそう、ソーセージだよ~!!
 ムギュムギュで肉汁じわぁ~で、
 トースト&オムレツにもぴったりで、

 コレ、マジで最高にウマいよ~~!!



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ホットチョコレート


 そして・・・やっぱりこれだよなぁ・・・
 真っ白な湯気と一緒に立ち上る甘~い香りに
 たっぷりとのった、ふんわりクリーム・・・
 ホロッと甘~い、濃厚チョコレート・・・

 もう、俺・・・たまんね~ぜ!!

 ・・・って、おい、オマエ・・・
 まさか泣いてるんじゃ・・・



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 マスター、今日は本当にありがとうございました・・・コイツのスーパーカブ号・・・
 “ヒノデカニ号”、やっぱもうダメみたいッス・・・今日はここまで押して来たんスよ・・・
 コイツが免許取ってからの付き合いで・・・最初はスーパーカブなんてだっせ~って、
 俺のベスパを見て、恥ずかしいから一緒に走りたくないって言ってたくせに・・・コイツ・・・

 今じゃあ、寝ても覚めても“ヒノデカニ号”の事ばっかで・・・それがもう走らないって知って・・・
 でも、俺たちこの春お互いに別々の進路が決まってこの街を離れる事になったんスよ。
 ある意味、いい機会なんじゃないかって・・・で、最後にこの店に連れて行こうって・・・
 
 えっ?マスター・・・ちょっと待ってなって・・・奥から何を持ってくるんスか!?



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額縁のイラスト


 あぁ・・・マスターってマジで絵がうまいよなぁ~・・・ん!?マスター、そのポスター!!!



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 マスターが免許取って最初に乗ったのもスーパーカブだったんスか!! 

 で、もう走らなくなった時に、そのスーパーカブ号をこのポスターに残して・・・
 そして、このポスターと・・・マスターの心の中でいつまでも元気なエンジン音を・・・

 マスター・・・俺・・・ん?馬鹿野郎っ!!オマエまで泣いてんじゃね~よ!!
 涙もろいのは俺の方だったじゃんかよ!!・・・オマエの“ヒノデカニ号”だって・・・



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「モモ」


 おぉ・・・そう言えば、この桃・・・ちょこっと咲いてきましたね・・・
 前に来た時はまだ全然咲いてなくって・・・ちっちゃな蕾で・・・

 黙ってましたが、この桃が咲く頃には・・・もう俺たちも・・・
 俺たち二人の“ヒノデカニ軍団”も解散かなって・・・

 
 でも、すっげ~カワイイ桃の花ッスね・・・



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 マスター・・・俺たち絶対にもっとでっかくなってマスターのトコに来ますよ!!
 だって、俺たちのトレードマークはなんてったって・・・日の出じゃないですか!!

 ですから、それまでこのベスパと・・・スーパーカブ、預かってくれませんか?
 きっとまた、俺たちみたいなのが来たら、見せてやって欲しいんですよ!
 心の中でかっ飛ばしてる・・・最高にごきげんな“ヒノデカニ号”を・・・



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桃の花が散ってしまう頃には、仲の良い二人はもう離れ離れになってゆく。
この物語の二人の少年もそう・・・あの夏の終わりの中学生もまた然り。
そして・・・そして、僕もまた、彼と離れ離れになってしまうのだろうか?

・・・まだ一度も会ってもいないというのに・・・
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# by mary-joanna | 2010-04-07 00:49 | 酔ひもせず

ヒ.たった一度の僕の積みパン

  分かりました。私からは何もありませんので、
  mary-joannaさんにお任せしたいと思います。
  それでは、どうぞ宜しくお願い致します。



例の二つの決断を下したあの夜から3日が過ぎた日の事、メールの返事が届いていた。
これまでの所、どのように考えてみてもゴールに導かれる確実な情報は一つも無かった。
ヒントらしい情報といえば、先日訪れた伊勢崎のパン屋の店主が語ってくれた話くらいで、
リストの店の紹介の有無にかかわらず、あのグループからは何の音沙汰も無かったのだ。
だからこの“二つ目の”決断は、僕にとって最後のチャンスであり大きな賭けでもあった。
それでも僕は、今回のこの申し出にOKを貰える事を期待して、事を進めていたのだ。

実際には、先日の恵比寿にあるリノベイトカフェを紹介した際に“最後の東京ツアー”と
銘打って紹介していたように、更にもう一軒、例のリストに関わるある店にも訪れていた。
もしかしたら、この店はリストを僕に渡した二人にとって想定外だったのではないだろうか。
何故なら、この店は本来なら訪れる謂れの無い店なのだから。僕が本当に必要だったのは・・・


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3月末の麗らかな陽気の緩い休日、件の物語の主人公は目的を達成する事はおろか、
表参道の駅に下り立つ事も南青山の路地裏を彷徨う事も無く悶々とした一日を過ごした。
それはもう彼是2年も前の話であり、今は南青山に赴く目的も無くなってしまったのだが・・・

だが、こうして僕がやって来た駅もまた、他でもない表参道なのだった。
小雨が降る中、駅を早々にあとにして表参道を明治神宮方面へと歩み出す。
彼の存在を知るきっかけとなったそのパン屋とは全く反対の方向であったが・・・


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当初僕が想定していたのに比べて、実際の人通りは随分と疎らにすら感じた。
尤も休日ではあったが、この日の天候と肌寒さを考えれば無理もないのだろう。

緩やかな坂道になっている歩道を小走りに進み、すっかり枝だけになった街路樹の
間から向かい側のヒルズの長い建物を横目に、明治通りの交差点が見え始めた頃・・・


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GYRE(ジャイル)


奇抜な建造物が立ち並ぶ表参道の中でもひと際目を惹く漆黒のストラクチュアが姿を現す。

一段一段、ブロックのような立方体を少しづつずらしながら螺旋状に積み上げた様は、
まるでNYのグッゲンハイム美術館に対する21世紀のアンサーにも思えてしまった。
ブラックとホワイト・・・スクエアーとサークル・・・東京とNY・・・21世紀と20世紀・・・

だが、この摩訶不思議な黒い箱の中に収められているのは現代美術作品ではなかった。


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美術品に代わってこの箱を満たしているのは、国内外を代表するハイエンドブランドの数々。

先ず目を惹くのは、入り口正面に迫り出したファサード下のBVLGARIとCHANELの文字だろう。
更には、あのMoMA(ニューヨーク近代美術館)がセレクトした国外初となるデザインストアや、
飲食店においては独特のコンセプトによる鉄板料理でミシュランを獲得した表参道うかい亭に
BVLGARI IL CAFE等、錚々たる面々がこの大きな渦の中で煌びやかに弧を描いていた。

そんなスペシャルな個性の一翼を担う存在になっていたのだ・・・だって、その名からして・・・
その店は地下1階にあり、正面入り口の脇には直通の専用階段が設けられていた。


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d'une rarete


 3学期の授業も終わった3月の後半の週末、
 僕は彼女と原宿でデートする約束をしていた。
 1・2月が受験の時期で行けなかったので、
 今年初めての“原宿ツアー?”ということになる。
 お約束のコースといきたいところだが、服も音楽も
 全く趣味の異なる彼女が一緒・・・

 「ねぇ、どこか行きたいトコって、あるの?」

 「コレで見たパン屋さんが気になるんだけど・・・」

 と、女性誌のパン屋特集の1ページを開いて見せた。

 「d'une rarete・・・デュヌ・・・ラルテ?」

 「うん!ココのパンってとっても変わってるんだって!」

 「そう・・・じゃあ、場所、調べておくね。」



そもそも全ての物語の始まりは、主人公の彼女が見せた女性誌の1ページに
掲載されていたとされる1軒のパン屋と、その店のパンを紹介したブログの文言。
そして、遂に僕は物語の主人公が訪れる事のなかったその店の前に来ていたのだ。


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しかし、店の様子は物語で僕が目にしていたそれとは似ても似付かなかった。

天井や内壁は言うに及ばず床のタイルから商品を陳列する棚に至るまでホワイトで
統一された空間は、まるで真っ白な雲の中にパンが浮いているようにすら思えたが、
目の前に広がっている空間は、ホワイトではなく鮮やかなイエローに統一されていた。

物語が書かれて数ヶ月の後、このイエローの店舗が2号店として表参道にオープンし、
それから更に時間が過ぎ、物語の舞台となったホワイトの店舗はクローズしてしまった。

所詮2号店では・・・あのホワイトの店でなければ・・・いや、大丈夫だ、何故ならば肝心の・・・


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それに“類い稀な”パン屋のスピリッツは此処にもちゃんと受け継がれていた・・・例えば・・・

横長に伸びたガラス棚の中と上に整然と並べられたパンや焼き菓子、コンフィチュールの瓶、
更にはその向こう側に見える工房のステンレス棚にストックされたパンの一つに至るまで、
まるで先ほど紹介したブランドの店内を彩る雑貨や宝石のようにディスプレイされていた。

店舗と工房とを仕切るように一番奥に置かれた鮮やかなオレンジ色のショーケースは、
南青山の真っ白な店内で唯一ビビッドなカラーで異彩を放った、例のケースだった。

そして何よりも僕を安心させたのは、この個性極まりない空間に並んだパンの数々。


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この店を訪れた目的は勿論決まっているけれど、ずらりと並んだ魅力的な
個性を前にして、彼等を素通りして立ち去る事なんて到底出来なかった。

そろそろ終わってしまうであろう季節限定の林檎に・・・


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ラルテ・アマンド


ハリネズミ?・・・と思わず呟いてしまった此方は、何とクロワッサンがベースとの事。


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他にも数種類の他の店では決してお目にかかる事の出来ないまさに類い希な個性を
オーダーした僕はその象徴とも呼ぶべき2種類のパンを探すべく、ケースを見回した。

そう、今回此方に来た目的を果たす為に・・・


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シリンドル


まるでこの建物のように渦を巻き螺旋を描きながら真っ直ぐに起立する一団。
彼等もまた、積みパンの主と同様に僕の・・・そして、彼の心を捉えて離さなかった・・・


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キュブ


あった・・・やっぱり此処にあったんだ・・・
しかも、ちゃんと“積みパン”しているじゃないか!


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りんごのパイ


パイ生地を上手に細工して美しい装飾が施され、名前も“ショソン・オ・ポム”と
洒落た呼び名が主流になってきた今日に、敢えてシンプル極まりない三角形と
全然ひねりの無い“りんごのパイ”というネーミングだなんて、全くこの店は・・・

艶やかな淡い小麦色の表面はパリパリっとして、ほど良いサクサクの層が、
中に詰まったリンゴのコンポートとの絶妙なバランスを保っている感じがした。

バター&砂糖でピューレ状になるまで煮詰めたというリンゴはとろりとした
舌触りにとろけるような甘さと仄かな酸味、バターのコクが溶け合っていて、
パイの層に絡み付いていた・・・一度食べ始めたら、もう止まらなくって・・・


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ラルテ・アマンド


ショーケースの中でのんびり休んでいた“ハリネズミ”くんを連れて帰る事にした。
表面を覆い尽くす“ハリネズミ”は、スライスアーモンドを立てたものであったけれど、
この作業の手間だけでも、此処の店のパンにかける情熱と拘りが伺い知れるのだった。

アーモンドとクロワッサン生地のバリバリとした歯応えと香ばしさはお互いが
絶妙なバランスで絡み合いながら広がっていく。更に中に進むにつれて、
クレームダマンドのまろやかな甘さと風味が加わっていき、生地の方も
中心に進むにつれて、段々としっとりふんわりな感触になってゆく。

香ばしさのアクセントにはキルシュで薫り付けもなされていて・・・
単なる見た目に留まらない、奥深い一品に仕上がっていた。


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可愛らしいサイズのプチパンも2種類購入していた。


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安納(アンノウ)


種子島産の希少なサツマイモである、安納芋を練り込んだブリオッシュ。

ほんのりとサツマイモの色をしたしっとりの生地はひと口毎に優しい甘さが
広がって、そのしっとりふんわり感と共にウットリとした気持ちになってくる。

バターの風味が効いたなめらかなサツマイモペーストのホクホクとした
舌触りとまろやかな甘み、自然な風合いが生地と相まって心地良い。


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ショコトレフル


もう一品は先の安納と対照的に濃厚なチョコラのインパクトを感じられるデニッシュ。

パリパリサクサクの生地はチョコと生地の食感と香ばしさがこれまで体験した事の無い
全く新しい美味しさを伝えてくれ、しかもこの生地、中心に進むにつれてチョコの比率が
段々と増していくようにリッチで濃厚な風味と味わいに変化してゆくように感じられた。

真ん中はもう、しっとりで・・・ほろ苦くて・・・濃厚な甘さで・・・アナタに捧げたいくらいだ・・・


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シリンドル


幾層にも重なった薄い生地がまるでロール紙のように中心に向かって丁寧に巻かれていく。
クロワッサン?・・・ヴィエノワズリー?・・・今回の目的である“サイコロパン”もそうだったけれど、
実はこの摩訶不思議な渦巻きデニッシュ(なのか?)こそ、一目で衝撃を受けたパンなのだ。

パンと呼ぶには躊躇してしまうこの“物体”であるが、ハラハラとした層からはバターが
たっぷりと染み出してきて、ミルキーでリッチなバターのコクと仄かな甘みが、ひと口毎に
ふんわり食感と共に口の中いっぱいに広がっていって、何だか幸福な気分に誘われてゆく。

ショコラの方は、濃厚カカオの甘さとほろ苦さに、アクセントのラズベリーもマッチして、
この類い稀なパンが、決して見掛けの奇抜さだけを狙ったものでない事も証明していた。


そして・・・いよいよ・・・最初で最後の僕の“儀式”が始まるのだ・・・


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キュブ


William・・・もしこれを見ていたら、君が成し得なかった“積みパン”・・・

あの白い店じゃないけれど・・・お互いに一人者になってしまったけれど・・・
僕は彼に代わって君に“積みパン”を完成してあげたかったんだ・・・そして・・・
その事を話したからこそ、僕のリクエストに応えてくれる事になったんだよ。


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「ヒヤシンス(風信子)」


辺り一面に芳しい華やかな香りをまるで風に乗ってやって来たかのように運んでくれる・・・

そんなアナタとの初めての出会いは、未だ僕が幼い小学生だった頃。学校で希望販売した
あの水栽培の球根を友達と育てようって決めた時だったかな。その拙い知識と仕草で
暫くの間、キッチンのテーブルに置かれたアナタとの再会が、此処だなんて・・・

うん、でもその華麗な姿と薫りでうっとりと穏やかな気分になってくるよ・・・


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  早速のご返事、本当に有り難うございます。
  それでは先日お伝えした通りの日時と場所でお待ちしております。
  このElvis Cafeと・・・あの物語にとってかけがえのない特別な時と場所で・・・



僕は冒頭のメールの返事を、返信のメールではなく、
この類い希なパン屋を紹介する記事の最後に添えた。

勿論、彼“等”に知らせるという狙いがあった訳だが・・・

これで、今のところ僕に出来る全ての事は・・・うん、やり尽くしたと思っている。
この可愛らしい2色のサイコロパンのように、全てのピースを積み上げたつもりだ。
このまま彼の下まで積み上がるのか、それとも儚く崩れ去るのかは、知る由はない・・・






 なぁ、今日UPしたElvis Cafeを見たかい?
 Littleのヤツ、遂にやりやがったみたいだ!

 ええ、流石は私たちが認めただけの事はあるわね

 でも、Littleのおかげで遂にアイツ本人の口から
 ホントの事が聞き出せるってもんだぜ!
 あれから2年・・・オレなんて、もう学生じゃないし・・・orz
 じゃあさ、早いトコ“部長”に知らせなくっちゃ!

 ・・・だから、アンタはいつまで経っても“boy”なのよ!
 あの方がElvis Cafeをチェックしてない訳ないじゃない!
 それに最後の計画では、アンタは留守番なんだから!

 えっ!?・・・マジでオレ、留守番なの~~!?
 それにしても、オレたちがピグ使って会ってるなんて、
 Littleのヤツも思ってないだろうね~~ww

 そうね・・・あともう少し・・・遂にここまで・・・




※ 残り少ないのですが、次回はメインストーリーからちょっと離れたお話しになります!
※ ピグ・・・アメーバブログで行われるアバターのことで、仮想空間でチャット等が出来る
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# by mary-joanna | 2010-03-26 10:50 | 酔ひもせず