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カテゴリ:酔ひもせず( 5 )

ス.Walkin' With Cindy (前篇)

  愛するとは、
  互いに見つめ合うことじゃない。
  ふたりで同じ方向を見ることだ。
     「Terre des Hommes」 Saint-Exupery



今日、この日まで・・・もし偶然何処かの街ですれ違ったとしても、僕は未だ
アナタにとって他の数百の人物と何ら変わる事の無い一人の人間に過ぎない。
僕はアナタにとって全く必要とされていないし、僕もまたアナタの輝きに気付かない。
僕もアナタも・・・お互いに街を通り過ぎてゆく数多の人物の一人に過ぎないのだから。

でも、あと数時間後、もしこれまでの僕の行いに間違いがなければ・・・
僕の願いが届くなら、僕はアナタにとって忘れる事の無い・・・ 


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この9ヶ月もの間、僕は旅し続けてきたんだ。あの前方に小さく見える橋をスタート地点にして、
自分の背丈より高い葦の森を掻き分けて、日常から忘れ去られた路地の裏を彷徨い歩き、
果てしなく続く大木のトンネルを潜り抜け、無機質に刻まれる都会の喧騒を走り切った。
そう、あの前方に見える橋の向こう側から一枚のメモを手にして橋を渡った瞬間から、
僕の、決して止まる事も躓く事も許されない・・・長く曲がりくねった旅路を・・・

そして、イロハニホヘト・・・全てのイニシャルを従えて、再びこのスタート地点に戻ってきた。
まるで時の歩みを止めてしまったような、微風が何一つ遮る事無く優しく囁く向こう側の世界。


今、一羽の鳥が僕の頭上を羽ばたいて橋の向こう側へと飛び去っていったような気がした。
直ぐに空を見上げた時には既にその黒い軌跡が微かな残像として残るので精一杯だったが、
僕はその黒い影に、この9ヶ月もの間、何度も出くわし、会話し、問い掛けてきた気がしたのだ。

これから始まるであろう、僕の最後の宴を先回りして待っているからとでも言いたそうに・・・


時の流れを止めたこの世界だったが、季節の移り変わりは橋の反対側より正確に刻まれていた。


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 田植えの時期から1ヶ月は過ぎたであろう、6月下旬・・・
 アスファルトの農道の左右を埋め尽くさんばかりに広がる黄緑の稲穂



前回僕が此の地訪れた際に“例の橋”の手前で感じとり、綴った情景は、
3月後半の今日、9ヶ月の時の流れを感じさせるべく一変していたのだった。

初夏の田植えを待たんとする煤茶けた剥き出しの土面から匂い立つ、
決してうっとりとした芳香とは言い難い、力強い大地と生命とが躍動する
それでいて何処か懐かしさを思い出す匂い。その周りを取り囲む土手から
湧き出るように敷き詰められた黄緑の敷物と薄紫や淡い黄色のの絨毯には、
春の訪れと言ってしまえば簡単ではあるが、僕の住む街では簡単に見る事が
出来なくなった毎年変わる事の無い、それでいて一時しか会えない情景なのだ。


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 コチラ側とアチラ側との “分岐点”


この前訪れた時と何一つ変わる事の無い、風雨に晒され汚れたコンクリートの小さな橋。
あの時拍子抜けしたちっぽけな橋を、今こうして再び渡る際の僕の心から湧き上がる、
この9ヶ月に及ぶ様々な旅の想い出・・・そして恐らくこれが最後の“ムコウ側”への・・・

そう、“ムコウ側”への体験だと思うと僕は・・・尤も、未だ2回目に過ぎないのだが・・・
あっけ無く渡ってしまったかって?・・・この橋に1時間も佇む余裕は無いんだ・・・

だって、もう既にあの黒い鳥は“ムコウ側”へと飛び去ってしまったのだから!


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橋を渡り(確か)二つ目の十字路を右に曲がると前方に見えてくるんだ。
左側にあのアーチ型の建物が・・・そして、これも半ば約束事であるように、
肝心の建物を素通りして小路の向かい側にある例の赤い水門へと歩み寄る。

写真で見ていたのよりも随分とちっぽけで、所々錆で赤茶けて塗装の剥げた、
あの水門に乗る為に、雑草を越えてコンクリートの用水路へと下りていく。


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何だよ、此処でも麗らかな春の訪れを僕に印象付けるつもりなのかい?

そんな事は十分に分っているんだ・・・“コチラ側”は何時までも変わらない・・・
変わってしまうのは僕等の方なんだって・・・でも、彼まで変わるなんて・・・


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natural french cafe mikumari


午前11時20分

平日の、Openの10分前に到着した店の駐車場には、1台の白い乗用車が
駐車場の一番端っこの、塀との間ギリギリに停められていただけだった。

ただ、車内には誰の姿も無く、駐車場から庭へと上がる階段の脇には
白くOpenと書かれた錆びた鉄板が、早々に掲げられていたのだ。


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駐車場には何処からか飛んで来て根を張り花を咲かせた蒲公英が彼方此方で
この店を訪れる人たちを出迎えているように感じた・・・端っこに停まっていた
白い乗用車がやや不自然なくらいに塀寄りだったのは、この蒲公英の花を
踏み付けないようにとの配慮なのでは、と深読みしていた・・・だって・・・


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だって、僕が思っていた人物なら、きっとそうするんじゃないかなって・・・

僕がこの店に予約を入れた時間は、Openと同時の11時半では無かった。
そこで、時間になるまで暫らく付近を散歩する事にして駐車場を後にした僕は、
店の前の小路を更に先へと歩く事にした。直ぐ先に小高い山があり、手前には
鳥居と石段が設けられていたので、その場所を目指してとぼとぼと歩き始めた。


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鳥居の傍らに立てられた掲示によれば、古墳塚に建立された神社との事。
この石段を上るのに躊躇は無く、不思議と何も考えずに境内まで上り切った。


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深い緑と静寂に覆われた空間で、遠くで聞こえる鳥の囀りと狛犬の鋭い眼光だけが、
僕の身体の全神経を捉えて強く刺激しているように感じた。それは緑に包まれるように
穏やかに、でも、全てを突き刺すような眼光に恐れおののく・・・不思議な間隔だったのだ。


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深緑の隙間から垣間見える“コチラ側”の全景が僕に安らぎを与えてくれた。

これで最後なのだって・・・今日、此処で決着を付けるんだって・・・
意気込んで此処までやって来たのが、嘘のように落ち着いてゆく・・・
これは、彼がこのカフェを紹介する際に綴っていた常套句ではないか!
僕は最後の最後で、彼のフィーリングに少しでもシンクロ出来たのだろうか?


ずっと眺めていた気がしたが、実際の時間はそれ程長くは無かった。
そして、約束の時間になり、僕はこの景色に別れを告げて石段を下った。


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時刻は既に正午を過ぎており、このアーチ型の建物の前にある駐車場には
地元栃木の宇都宮やとちぎナンバーは勿論の事、県外からの訪問者と思しき
複数の都県に渡るナンバーを付けた様々な車種の車によって埋め尽くされていた。

そして、僕はあの重厚な焦げ茶色の扉の前で呼吸を整え・・・ドアノブに手をかけた。


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あの時・・・そう、9ヶ月前に初めて訪れた時と全く変わる事の無い、木の温もりと
穏やかな日差しに優しく包まれている、ゆったりとした空気と薫りの流れる空間。

そして、この空間で店主の作る料理ともてなしで過ごすひと時の心地良さ・・・
やはり、この空間はそれまでの緊張を一時忘れさせてくれる夢のような・・・

いや、忘れてはいけない大事な目的を持って僕はこの空間にいるんだ。
それは探すまでもなく、最初から・・・そう、最初から分っているのさ・・・


穏やかな雰囲気とは裏腹に、全てのテーブルは予約した人たちで
埋め尽くされていた。その大半は2~3人の女性によるグループだった。
そして僕は迷う事無く、店内のある一角へと目を向けた。それはテーブルと
言うよりは壁を向くように設置されている、一枚板から成るカウンター席だった。


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向かい合っていない事からも主に一人の客の為に設けられているのだろう。
そして3つの椅子が並ぶカウンター席の真ん中に、一人の客が食事をしていた。
正午を過ぎたとはいえ、未だ他のテーブルに料理が並んでいない事から考えると、
先ほど駐車場に停められていた車の・・・つまり、今日の一番乗りがこの人物だった。


僕はその、運ばれたばかりの何ら手のつけられていないメインのカレーに、
これからスプーンを立てようとしている痩せた背の高い男性の隣りに座った。


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その男は少し驚いた面持ちで、スプーンを刺す手を止めて皿の上に置いた。

耳に掛るくらいのストレートの髪をやや中央で分け、色白でほっそりとした顔立ち。
年の程は20代後半から30代前半といったところだろうか・・・スキニーなジーンズと
タイトなライダースのシングルジャケットが細身の身体を更に強調しているようだった。


沈黙はほんの数秒で終わりを告げた。周りは談笑する他のお客でむしろ賑やかなくらいだ。
でも、僕の耳には周りの喧騒は伝わってこなかった。恐らく目の前の細身の男性も同じだろう。
先に沈黙を破ったのは他ならぬ僕の方だった・・・初めて・・・初めて彼に声をかけた瞬間だった。


 はじめまして・・・遂に・・・遂に会う事が出来ましたね・・・Cindyさん。


その男は一瞬驚いたような表情を見せたが、それは他に原因があるようにも思えた。
何故なら、僕の言葉を聞くと、僕ではなく僕の周りをキョロキョロと見回したからだった。

一瞬、あの狛犬のような鋭い視線を感じたが、直ぐに穏やかな表情に戻り、僕に答えた。


 そうか・・・君が・・・Little君なんだね・・・此方こそ、はじめまして。
 お互いに・・・色々と聞きたい事は山ほどあるだろうね・・・でも・・・
 折角のカレーが冷めてしまっては悲しいので、申し訳ないけど・・・


 勿論です、Cindyさん。何時まででも待ちますのでゆっくり召し上がって下さい。

 
 そうか、僕もこの後の予定は入ってないから、時間だったら大丈夫だよ。
 でもね・・・それならばLittle君、悪いが僕の右側に座ってくれないかい?
 だって・・・僕はポールの役だって事くらい君だったら既に分っているだろう?



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黒カレープレート


やっぱり彼、Cindyにはこのmikumariの黒カレーが良く似合っているよね。

Cindyの日記が未だ“Cindy's TALK”と名乗っていた頃の初めての紹介で
例のグループに名を連ねているあの青年がチョイスしたメニューでもあり、
何と言っても、“Arnold日記”でArnoldが最後に紹介したメニューが
mikumariのレギュラーメニューでもある、この黒カレープレート。

パソコンのモニター越しに、感嘆と羨望の眼差しを何回送った事だろうか・・・
そして、それは僕のこの日の為の・・・彼と会った記念の為のメニューでもあるんだ!


どうか今回だけは食事の実況シーン(?)は割愛させて頂きたいと思う。
尤も、決して上手く撮れた写真とは言えないが、この写真を見て頂ければ、
黒カレーのこの上ない美味しさや素晴らしさは多少なりとも伝わると思うので・・・


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 Little君・・・如何して君は僕が今日、この場所にやって来ると分ったんだい?


 Cindyさん・・・それは貴方が・・・僕ではなくて・・・僕が本来此処で会う筈の・・・


 えっ、それでは彼女は此処には来ないのか!?・・・ショコラノワールは!?



偶然にも周りの客たちの話し声が大きかったので目立たなかったが、彼の声と・・・
そして、その時の表情は、先ほど僕が初めて話し掛けた時の比ではない程だったのだ。


 ええ・・・彼女は来ませんよ。だって彼女に協力してもらったのですから。
 今日、此処で会う約束をElvis Cafeに書けば、必ず貴方が此処に来るって・・・



僕の言葉を遮るように、やや早口でCindyは僕に尋ねた・・・


 でも、如何して君が彼女と・・・何処でそんな・・・


 分りませんか、Cindyさん・・・僕はElvis Cafeに書きましたよ。


 ・・・!!! cafe la familleだね!!・・・そうか、だから・・・


 はい・・・流石Cindyさんですね・・・実はあの夜、彼女に会ったのです。
 そして、Cindyさんがショコラノワールさんの事を捜しているって事も・・・



僕は更に続けて言った・・・そう、僕が如何しても聞きたかった事を・・・


 Cindyさん、何故貴方はショコラノワールさんを追いかけているのですか?
 Cindyさんとショコラノワールさんの間には、何があったのですか?



彼からの返答は、思いの外冷静だったような気がした・・・あんな答えだったのに・・・


 Little君・・・Arnoldって人物は実在したんだ・・・彼は僕の実の兄だ。 
 そしてArnoldは、何らかの理由で、ショコラノワールと初めて会う・・・
 初めて会う約束をした、その日の朝に自殺したんだよ・・・
 





本来なら今回で終わらせる筈だったのですが、容量の関係で如何しても
一話で収める事が出来ず、今回だけ前後篇とさせて頂く事にしました・・・
次回こそ完結及び今後の報告をさせて頂きたいと思いますので、
どうぞ宜しくお願い致します・・・Mary-Joanna
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by mary-joanna | 2010-05-04 20:50 | 酔ひもせず

セ.最後のイニシャルの女の子

やぁミチル、メールありがとう・・・そして、第一志望合格、本当におめでとう!
この前は少し早い桜の花を送ったけれど、これで本当のサクラサクだね。
カケルの奴は・・・まぁ、一応市内の県立高校には合格したんだけれど、
ミチルと離れてからすっかり元気が無くなって・・・尤も、相も変わらず
馬鹿げた事ばっかり言ってみんなを困らせ・・・楽しませているけどね。

そう言えば、ミチルとカケルは去年の秋に二人で川の向こうにある
パン屋さんまで・・・自転車で行ったんだってなぁ!!お前、確か
退院したばかりだったけれど、身体の方は大丈夫だったのか?
あの後、カケルの奴、本当に嬉しそうに語っていたんだぞ・・・
ところでミチル、“わらしべパン屋の花火大会”って何だい?

でも、引っ越す前にいい思い出ができて本当によかったなぁ・・・


あのなぁ、ミチル・・・君に大事な二つの事を伝えておきたいんだ。

まず第一に、先生な、この春に転勤で足利を離れる事になったんだ。
ミチルも足利から離れてしまって・・・足利に残るカケルともお別れで・・・
少し寂しいけど・・・これで三人ともバラバラになってしまうんだよなぁ・・・

あともう一つなんだけど、ほら、先生が続けてきた花とカフェのブログ・・・
ミチルも楽しみに見てますって言ってくれたあのブログ、次で終わるんだ。
「イロハ」順に花を紹介してたけれど、遂に最後のイニシャルまできたよ。
その前に、最後のイニシャルの花を手に入れるのにどうしても行かなくちゃ
ならないパン屋さんがあってね・・・ミチル、この最後の2回は絶対に君にも
見て欲しくて、こうして綴っているんだけど・・・君は本当に勘が鋭い子だね。


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彼がつくばを訪れる際に必ずと言っていい程掲載していたのがこの城の写真だった。

栃木県方面から国道294号線をひたすら南下していくと向かって左手に見える
筑波山と入れ違う様に前方右手に忽然とその荘厳な姿を現してくるのだった。
どうやら市の公共施設で歴史的建造物では無いらしいのだが、この完成度、
更にこの大きな天守閣の周りに点在する櫓群を目の当たりにした僕は、
彼ならずともカメラに収めたくなる気持ちも分らないではなかった・・・

そう言えば、半年前にも同じ場所でそんな事を呟いていたっけ・・・
そしてもう一つ、つくば市内に入り国道408号線を進んで・・・


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一見したところ単調極まりないようにも感じられる、国道408号線に沿って南下する
果てし無く伸びるこの並木道の風景。だがこの街、つくばでは見慣れた筈の風景も
彼の手にかかれば春夏秋冬、四季折々で街路樹が見せる豊かな自然の表情を、
まるで一枚の絵葉書のように切り取って、これから始まる夢のようなひと時の
プロローグのひとコマとして、無くてはならない風景に昇華させていた。

城郭と街路樹・・・全く関連性は感じられないのに、もう既に・・・
そして、僕も彼の背中を辿って此処まで来たんだって・・・


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何処までも続いてゆくと思われるこの街路樹とも、暫しのお別れがやってくる。
工場と住宅地が混在する、地方都市の郊外によく見られるシチュエーション。
目印が無いと通り過ぎてしまいそうな交差点を住宅地方面へと入っていく。

程無くして(これも上記のシチュエーションにはお約束なのだが・・・)
小さな公園へと辿り着くが、この場所には特別な思い入れがあった。
僕にとっての思い入れは公園じゃあないんだ・・・直ぐ側に咲く・・・


車を停めて公園の脇の歩道へと僕は歩み寄った。昨年の夏の事だった。
未だElvis Cafeをスタートさせたばかりの頃・・・揺るぎ無い信念の・・・
そう、絶対に彼の下に辿り着くんだって誓った思い出の場所に・・・
今、こうして最後のイニシャルを求めて再びやって来たんだよ!

でもその前に、彼の日記に度々登場するあの花を紹介しなければ・・・
ほら、枯れる事も、折れる事も無く・・・皆の視界の外れで咲いている・・・


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「セイヨウタンポポ」


厳密に言えば恐らく在来種のカントウタンポポと交配された雑種であろう。
海外からの種の混入によって従来からその地に存在していた固有の種が
絶滅の危機にあるという事実は、何も動物や魚類に限った話ではない。
昨年の秋だったか、渡良瀬遊水地の土手を淡い黄色で覆いつくした
セイタカアワダチソウという背の高い草花を紹介した事があったが、
あれも外来種による生態系の破壊の、典型的な例の一つだった。

話を戻そう。僕はこのElvis Cafeの物語でArnold日記に度々登場した、
黄色の細かい花弁を身を寄せ合って佇む君を何時か紹介したかった。

あの世間から打ち捨てられた、忘れ去られた寂れた通りの片隅で、
まるで時が経つのを止めてしまったかのようなセピア色の路地裏で、
Arnoldが旅立つ直前の、最後の晩餐に選んだあの橋のムコウで、
季節も場所も関係無く誰にも邪魔されずのんびりと羽を休める君。


控え目に着飾った小さな黄色い羽を永遠の旅立ちの衣装でもある
真っ白な羽毛に着替えてしまうには、如何やら間に合ったみたいだ。

彼に会う前に、君の姿を絶対に僕の眼に収めておきたかったのさ。
この数ヶ月間、Elvis Cafeと共に歩んできた愛用のカメラに君を収め、
公園の歩道をに別れを告げると直ぐ先の曲がり角に見えてくるんだ・・・


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david pain


ハッキリとそれと分かる周りの景色に良く映えるグリーンのサイディングの一軒家が・・・
明るいブラウンのウッドデッキに真っ白な窓枠、スッキリとした意匠の2階建ての
真ん中には誇らしげに・・・でも何となく可愛らしい“david pain”の白い文字。

“パンの街”と称されるつくば市で、僕が知っているたった1軒のパン屋さんは、
つくばの市街地からうんと離れた住宅街の只中に、のんびりと店構えていた。


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 davidさん、昨年の夏以来、大変ご無沙汰しておりました。
 お身体の方はお変わりありませんか?



入り口の扉を開けた瞬間、対面式のカウンター兼パンの棚の向こう側から満面の笑顔で
出迎えてくれたdavidさんに、僕は確かこのようなありきたりの挨拶を交わしたのを覚えている。


 今日はdavidさんの作る美味しいパンとお菓子を購入しに・・・
 そして、あの夏の日の約束を果たしにお邪魔しました。



あの夏の日の早朝と全く変わる事の無い、ゆったりと穏やかな空気に包まれた店内は、
davidさんが見せる人懐っこい笑顔と同様に、長旅による疲労と緊張を解きほぐしてくれた。


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全く飾りの無いシンプルで素朴なナチュラルウッドのパンの棚の窓からは、
毎朝早くからdavidさんが丹精込めて焼いたパンが丁寧に並んでいる・・・

・・・筈だったが、Openから丁度3年が経ったこのブーランジェリーは、地元は勿論、
関東全域・・・更に全国のパン好きな人々にも注目される存在へと既に成長しており、
僕が訪れたのは平日の午前中だったにもかかわらず、半分ほどしか残っていなかった。


それでもラッキーな事に、店のブログで気になっていた季節のお菓子を手に入れた。


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いちごのタルト


まるで宝飾店のショーケース越しに眺めるジュエリーのように艶やかなルージュの輝きで
一瞬にして僕を虜にしてしまったのは、地元つくば産のフレッシュな苺の潤んだ表面だった。

前回の訪問時にウッドデッキのテラスで頂いたマカロンが忘れられなかったので、
今回も是非、此方のカフェスペースでスイーツと一緒にのんびり寛いでいたかった。
そしてこのタルトに一目惚れした僕は、早速オーダーして更にケースの中を覗き込んだ。


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有機抹茶のフィナンシェ


彼の日記にも登場した渋いグリーンがかえって印象的な定番の焼き菓子。
和菓子を彷彿とさせる微妙な色合いの焼き加減を作り出しているのが
他ならぬフランス人のdavidさんだなんて・・・彼も敬服していたなぁ・・・


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横長の店内の端に設えたカフェスペースはお世辞にも広々とは言えないが、
不思議にも、実際のスペース以上に寛ぎと安らぎが感じられるのだった。

カウンターに並んだ白いカバーのハイチェアーは、彼が初訪問の際に座った場所だ。
そして僕もまた、彼の後に倣うかのようにこの白いチェアーに腰掛ける事にした。
右手のコルクボードに貼られた各種フライヤー・・・つくいちの噂は届いてるよ!


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此方にはシックな印象の半円のテーブル席があり、その上に掛けられていたのは・・・


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右側の、まるで天空の城ラピュタみたいな建造物は、かの有名なモンサンミッシェル・・・
そう言えば、フランス人のdavidさんが風土も文化も全く異なる此処日本の、
しかも地方の都市で生活していくのだから・・・さぞ心細かった事だろう・・・

おや、隣りの絵画は何処かの街の路地を切り取ったみたいだけれど・・・


  実はこの二人、私と妻なのです・・・  


昨年の夏にも目にした筈の絵画だったが、まさかこの二枚が奥さまのお父様によって
描かれた作品であり、この寄り添ってモンマルトルの丘を歩いてゆく後ろ姿の男女が
davidさんと奥さまだったなんて・・・それにしても、何てロマンチックなのだろう・・・

実際には一瞬だったかも知れないが、この絵をすっと眺めていた気がしていた。
そう、davidさんには愛すべき奥さまと、ご家族の皆さんと、それにdavidさんが
焼くパンを楽しみに待っていらっしゃるファンの方々・・・みんな一緒なのですね!!

そして何よりも、davidさんと奥さまの間には二人の愛くるしい・・・
そう、僕は此処までお願いをしにやって来たのだった・・・


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いちごのタルト


持ち帰るパンの他に店内で頂くスイーツが、昨年の夏以来の僕の密かな楽しみだった。
実はこの組み合わせにしても、Cindyがこのdavid painで必ず行っている事だった。

そして、今回僕が楽しみにしていたスイーツが、この“いちごのタルト”だったのだ!


本格的な天然酵母の食事パンを焼くdavidさんの事だから、甘い物は・・・
と、当初思っていたのだが、流石はスイーツの本場、フランス出身の職人、
“甘い物はしっかりと甘くないと美味しくない!”ってきたもんだだから・・・

フレッシュでジューシーな甘酸っぱい果汁が溢れんばかりの大粒の苺に、
滑らかでとろんとした舌触りが何とも言えないカスタードが絡み合って、
そのほんのりとした卵とミルクのまろやかさが苺にマッチしてゆく・・・

しかも、カスタードの中からたっぷりと詰まったほろ苦い濃厚な甘さの
ヌガティーンと、ザックザクの香ばしいタルトの生地の相性も抜群!


あのCindyに、“自分など足元にも及ばない甘い物好き”と言わしめたdavidさんの
作るスイーツなのだから・・・うっとりとスイーツな気持ちに誘われるのも当然だろう・・・


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ほんのり心地良い温かさのカプチーノと共に・・・


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トレーの上には、今にも手を伸ばしたくなる美味しそうなパンと焼き菓子。
でもこのパンは自分へのこれまでのご褒美として、大切に持って帰るとしよう。


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クロワッサン


僕にとってdavid painと言えば、このクロワッサンは欠かす事の出来ない、
真っ先に思い浮かべるパンなのだ・・・昨年の夏もいの一番にオーダーしたっけ。


薄い膜のような褐色の表面の層が幾重にも重なった繊細極まりない外観は、
軽くつまんだだけでもハラハラと崩れそうで、しかもしっかりと焼かれていた。

サクサクの軽く香ばしい食感から広がるほんのり甘いバターの心地良い薫り。
端っこの詰まった部分のザクザクと楽しい部分から、渦の一番中心である、
ふんわりととろけるような柔らかな生地に至るまで、絶妙な一体感があり、
クロワッサン全体がバターと生地の様々な美味しさ、風合い、空気感を
存分に堪能する事が出来るのだ・・・うん、何時食べても最高に幸せ!!


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ファントム


そんなスペシャルなクロワッサンをスイーツに仕上げるのだから、davidさん・・・
やっぱり貴方は最高のパン職人だけでなく・・・最高のパティシエでもありますよ!


あの繊細な美しいクロワッサンの表面を覆い隠すどろどろしたクリーム色の塊!!
既に固まっていたが、これはファントム(お化け)の仕業・・・折角のクロワッサンが・・・

・・・何て美味しく“化けて”いる事だろう!!思わず食べる手が止まってしまった!

表面を覆っているどろどろの正体は、ふんわり焼かれたアマンドクレーム。
まろやかな印象の優しい甘さとふわふわした卵の風味がたっ~ぷり・・・
サクサクのクロワッサンも、徐々にもちっとした生地に変化していって、
真ん中には滑らかで優しい甘さのクリームがサンドされていて・・・

こんなにスイートなお化けだったら、もっと襲われてみたい・・・かな?


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レザンいよかん


ポッコリとした可愛らしいまん丸ドームの所々から見え隠れする濃紫の粒々。

思いっ切り大きな口を開けて、豪快にガブッとかみ締めてみると、
サックリと焼かれた香ばしい表面の皮からフルーティーな薫り。
濃厚な甘酸っぱさがギュッと詰まったレーズンと爽やかな
伊予柑の仄かなほろ苦さと甘さが口中に広がっていゆく。

ふかふかの生地との相性も抜群な、スッキリしたフルーツのパン!


davidさんの焼くはシンプルなバゲットからボリュームある食事パン、
スイーツなヴィエノワズリーや焼き菓子まで、どのパンを選んでも、
思わず笑顔がこぼれてしまう美味しさと楽しさに満ち溢れていた。


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きのこ


ほらっ、此処にも可愛くってちっちゃくって、ニッコリ笑顔になっちゃうお菓子が・・・


 あっ、これは奥さまと・・・こんにちは、かわいいスミラーちゃん!


奥さまのスカートの裾に隠れるように此方の様子を窺っている可愛らしい女の子。
その子の手にはディズニーのキャラクターであるスティッチのぬいぐるみが・・・


 スミラーちゃん、“Little Cindy”を大事に持っててくれて、ありがとう!

 それから奥さま、あの夏の日の厚かましいお願いを聞いて頂きまして、
 本当にありがとうございました・・・さっき駐車する際に見てきましたよ。
 とっても綺麗に咲いていました。やっぱりdavidさんの菜園ですね。
 野菜は勿論、お花も元気いっぱいに生き生きと成長していますよ!



昨年の夏の日、僕はElvis Cafeの最後のイニシャルの花の名をdavidさんと
奥さまに告げ、ある一つのお願いをしていたのだ。それは、僕が持参してきた
最後の花の種を菜園の隅に蒔いてもらい、今春、最後のイニシャルの一つ前、
つまり今日、成長した花を頂く為に、再びdavid painを訪れる事だった・・・
※ 勿論ではありますが、フィクションです。

そうだ、最後のイニシャルの花はある女の子の名前から取ろうって・・・
とてもチャーミングで、元気を分けてくれる可愛い女の子の名前から・・・


菜園の片隅に咲く最後のイニシャルの花を丁寧に摘み取った僕は、
davidさんと家族の皆さんに別れを告げて、つくばの街を後にした。

助手席のシートに置かれた紙袋の中に入った小さな素焼きの植木鉢には、
紫色の可憐な花の苗が、車の動きに合わせるようにゆらゆらと揺れていた。


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なぁ、ミチル・・・先生、此処まで頑張ってきたけれど・・・やっぱり駄目だったみたいだよ・・・
何とか彼の下に辿り着こうと46の素敵な店と46の綺麗な草花を紹介してきたんだ。
どの店も、どの草花も、この花のように美しく輝いていたよね・・・でも、先生は・・・

でもね、最後のイニシャルの店で・・・あの人に会えるかも知れないんだよ!
Cindyについての重要な手掛かりを握っている、あの物語に出てくる女性とね。
それが、此処まで頑張って来た僕に出来る最後のショーだと思ってくれないか。


更に、この物語を見て下さった僕の知らない方たちにも了承して頂きたいのです。
直接彼の口から聞く事は出来そうにありませんが、彼女は快く応じてくれたのです。
ですので、次の・・・最後の・・・あの橋のムコウ側で、どんな事実を知る事になるか・・・

・・・あとね、恐らくこの記事を見ているキミたちだって、彼の事を知りたいのでしょう?
・・・結局、僕はキミたちに利用されてきたんだ。でも、そんな事は如何でもいいのさ!
・・・僕にとって、彼が今、何処で何をしているのか・・・そして何故ブログを止めたのか?
・・・一番初めの「イ」のイニシャルから、僕が知りたかったのは唯その一点だけだから・・・


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そして遂にその日を迎える事となった。桜の花が咲き誇るには未だ早い3月某日。

Little Cindyが指定した約束の日・・・数年前、彼のもう一つの物語の中で、
主人公の日記が不可解な終了を遂げたとされる、まさにその“記念日”を・・・


menuの通り、次回がElvis Cafeの最終回となります。このような趣味性の高い、
また稚拙な文章及び写真を、此処まで見て頂きまして本当にありがとうございました。
それから、此方の申し出に快く応じて下さいましたお店の方にも厚くお礼を申し上げます。
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by mary-joanna | 2010-04-19 18:45 | 酔ひもせず

モ.桃の蕾が綻ぶ頃に

奴との別れの時が近づいてきた。季節は三月も半ば。新たな旅立ち。

両手いっぱいの夢と期待感に、ほんのちょっとの・・・
いや、両手に抱えきれないくらいの不安を胸にしまって、
俺と奴はそれぞれお互いの未知なる世界に向かって
記念すべき最初の一歩を歩み出そうとしていた・・・

幼稚園の入園式で席が隣り合わせになったのが俺たち二人の、そして、
今日まで十数年の腐れ縁のきっかけだった事はなぜか不思議と覚えている。
まだ3~4歳の記憶も定かでない年頃なのに、その日の事は覚えているんだ。
そして、その日からずっと、小中高に渡って、俺と奴は本当に行動を共にしてきた。
それこそマジで殴り合った事も、かたく抱きしめ合った事も、二人っきりで泣いた事も・・・
理由?・・・そんなのは覚えていないけど、とにかく、俺にとって奴は単なる幼なじみとも
友達とも家族とも、どこか違う存在・・・上手い言葉があったら教えてほしいくらいだ・・・
うん、ちょっと照れ臭いけれど、奴は俺にとってかけがえのない存在になっていた。

こうして二人で連む機会も、あの花が綻ぶ頃には終わりを告げてしまうのかと思うと
しんみりとなるものだが、そんな俺の感傷をよそに奴は違う理由で落ち込んでいた。


俺たちはまだまだ回り続けるはずだろう!!こんな所で止まる俺たちじゃないだろう!!
たしかにアレはオマエの・・・そして俺たち二人の一部としてずっと一緒に走ってきたんだ!
だから、オマエの落胆ぶりは俺にはよく分かるんだ・・・でもなぁ、この俺だってなぁ・・・
オマエが愛し続けたアレが、俺のベスパの隣りにない姿なんて考えつかないんだ!

だけど、これも運命かも知れないから、最後に俺たちと一緒に送り出してやろうぜ・・・
二人の愛車に出会い、俺とオマエの思い出がいっぱい詰まったいつもの店でさぁ・・・
優しくて穏やかで、いつでもロックし続けるマスターのいる俺たちの秘密基地へ・・・


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 なぁ・・・もう仕方が無いだろう・・・
 あれは元々ボロだったんだし・・・
 それに、もう十分乗りまくっただろう?
 
 むしろ、逆によくあそこまで走ってくれたと思うぜ、オレは・・・
 だからさぁ・・・って・・・おいっ、いい加減元気出せってよ!!
 いつものオマエらしくね~んだよっ!!下ばっか見て・・・
 それになぁ、今日はオレがおごるって言ってんじゃん!
 今までなかなか無かったぜ、オレがおごるなんて・・・

 あれっ、早かったかな?・・・まだOPENしてないのか・・・
 じゃあさ、店の前にある例の公園で時間つぶしに少し遊んでいこうぜ!
 久しぶりだなぁ、ここに来るのも・・・この公園で遊んだのっていつだっけ?


 コレ覚えてるか?あの時オレがあんまり速く回し過ぎたんで、
 オマエ、目を回してしばらくの間地面にぶっ倒れてたよなぁ~
 あれ、たしか小学生になったばっかくらいの頃だったっけ?
 あれからもう、10年以上も前になるんだなぁ・・・



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 おお!コレコレ・・・この飛行機の操縦席に座る順番でよくケンカしたよなぁ・・・

 ケンカと言えば、小学校の卒業文集でオマエが将来の夢にパイロットって書いて、
 オマエみたいな勉強嫌いがなれる訳ね~じゃん!って言ったらすっげ~怒りまくって
 つかみ合いのケンカしたっけ・・・オレたちの乗り物好きは今も変わんね~けどな・・・


 
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 おい、コッチ来いよ・・・ん?・・・なに照れてるんだ?
 
 オマエ、このかわいい系のやつも大好きだったじゃんか!
 クリクリっとした大きな瞳が・・・なんだよ、懐かしいだろ?


 あれ?・・・そろそろOPENの時間になるぞ、行ってみようぜ!!

 

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 周りはとっても静かだし、すぐ目の前にこんな広々とした公園もあって・・・
 しかもすっげ~いい天気だし、メッチャ気持ちいいよなぁ~・・・って・・・

 おいっ、オマエ・・・ホント、いい加減にしろ!!!落ち込み過ぎなんだよ!!!
 ほらっ、店が開いたからさっさと行くぞ・・・はやくついて来いよ!



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天然雑貨屋 ヒノデカニ商店 & 蟹三カフェ


 マスターが描いたこの看板・・・初めて来たときたしか俺、ヒノデカニ商店と・・・
 蟹三のコトを“かにさん”って読んじゃって・・・いまだに“かにさん”だもんなぁ!
 それに、この日の出とカニのトレードマークは・・・そう、俺たちのチームの・・・
 “ヒノデカニ軍団”のトレードマークになったしな!!・・・俺たち二人のなっ!

 そして、下のコーヒーのイラスト・・・いつ見てもほんわかで和むよなぁ~♪



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 それにしても何回来てもココは高原のロッジみたいで・・・すっげ~気持ちいいなぁ~
 だって正面全部、ウッドデッキなんだぜ!!なんだか爽やかな気分になってくるんだ!

 それにデッキに置いてあるテーブルだって、元々は・・・



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 どれどれ、今日のスペシャルサンドは・・・あっ!!
 やった、ふわふわオムレツとボロニアソーセージだ!

 マスターの奥さんが作るスペシャルサンド・・・サイコ~にウマいもんなぁ!!

 じゃあ中に入ろうぜ・・・こんちはぁ~ッス、俺らですよ~!!



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 あぁ・・・相変わらず爽やかな木の薫りが気持ちいいッスよ~!!
 この木の薫りって・・・ホント、初めての時から変わりませんね!

 それにマスターの店で売っている雑貨だって、どれも天然素材のなんでしょ?
 バイクと車が好きなマスターらしくない気が・・・えっ、全然分ってないなって?
 
 まいったなぁ・・・またそれ言われちゃったじゃないッスかぁ~・・・でもホント・・・
 俺、不思議で仕方がないんですよ・・・だってここにいると機械と自然とが・・・
 何てゆ~か、マブだちって感じで・・・学校で教わったのと違うなぁって・・・
 なぁ、そうだろ?・・・オマエもいつも言ってたじゃん・・・おいっ、まだ・・・



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 おお、これこれ・・・“ヒノデカニのパン”の木箱・・・ここまでやるもんなぁ~!!
 で、中にはこの手ぬぐい・・・どれもカワイイ柄で、俺でも思わず欲しく・・・!?

 何あれ、チョコレートぉぉ~~~!?・・・マヂですっげ~カワイイよ~!!
 このチョコ柄手ぬぐい・・・バレンタインに欲しかった・・・彼女?・・・いや・・・

 ん?・・・おい、オマエ、さっきまで落ち込んでたくせに、何が「ぷ」だ!!



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 あと、何と言ってもこの“牛乳の受け箱”もなんかいい感じだよなぁ~!! 

 最近のはみんなプラスチックのばっかで木の箱なんて珍しいけど、
 やっぱりマスターの店っつたら・・・天然の木じゃないとね~!!
 目立つ黄色とトレードマークがバッチリきまってんじゃん!



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 おっ、今日はスコーンもあるぞ・・・いつもどっちにしようか迷うんだよ・・・あん?
 両方買って食えばいいじゃんだって?・・・まぁ、そ~なんだけどさぁ・・・

 いつだったかスッゲ~いっぱいチョコの入ったスコーン・・・また食べたいッス!

 

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 いつもの席もこれで見納め・・・
 暫くの間、このテーブルともお別れかと思うと、俺・・・

 栗の木なんて、イガイカを投げつけて中の実を食って、
 栗の木なんて、その時に登るしかないじゃんかって、
 二人して言ってたあの頃が懐かしいよなぁ・・・

 そしたら、今座ってるこの木のテーブルが
 栗の木だってマスター言うからびっくりで・・・

 でも、ホントこの木の触り心地ときたら・・・
 オマエ、いつも頬ずりしてたよなぁ~!?



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 こっちのテーブル・・・昔はなんと、ミシン台だってゆ~じゃないか!!
 コツコツと直してキレイに磨いて・・・ホント、これがエコってやつだよなぁ・・・

 それにこっちの椅子はたしか、廃校になった小学校から譲り受けたんだっけ。
 あの端っこに落書きのキズが付いた椅子がオマエ専用だって言ってたじゃんか!
 ここにある家具は本当だったら捨てられてしまうものばかり・・・それをマスターは・・・

 おっ、そろそろサンドが出来あがったみたいだぞ~!!
 


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ふわふわオムレツとボロニアソーセージのスペシャルサンド


 おぉ~!!待ってました~!!
 これこれ、この芳ばしくトーストした香り!
 俺、腹ペコペコで、さっそく・・・いただきま~す!!

 カリカリの表面、アツアツでウマい!!
 で、中は・・・ふわふわたまごのオムレツ~♪
 何だかとっても優しい気持ちになるよね~!
 もう、止まん・な・い・・・!!
 そうそう、ソーセージだよ~!!
 ムギュムギュで肉汁じわぁ~で、
 トースト&オムレツにもぴったりで、

 コレ、マジで最高にウマいよ~~!!



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ホットチョコレート


 そして・・・やっぱりこれだよなぁ・・・
 真っ白な湯気と一緒に立ち上る甘~い香りに
 たっぷりとのった、ふんわりクリーム・・・
 ホロッと甘~い、濃厚チョコレート・・・

 もう、俺・・・たまんね~ぜ!!

 ・・・って、おい、オマエ・・・
 まさか泣いてるんじゃ・・・



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 マスター、今日は本当にありがとうございました・・・コイツのスーパーカブ号・・・
 “ヒノデカニ号”、やっぱもうダメみたいッス・・・今日はここまで押して来たんスよ・・・
 コイツが免許取ってからの付き合いで・・・最初はスーパーカブなんてだっせ~って、
 俺のベスパを見て、恥ずかしいから一緒に走りたくないって言ってたくせに・・・コイツ・・・

 今じゃあ、寝ても覚めても“ヒノデカニ号”の事ばっかで・・・それがもう走らないって知って・・・
 でも、俺たちこの春お互いに別々の進路が決まってこの街を離れる事になったんスよ。
 ある意味、いい機会なんじゃないかって・・・で、最後にこの店に連れて行こうって・・・
 
 えっ?マスター・・・ちょっと待ってなって・・・奥から何を持ってくるんスか!?



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額縁のイラスト


 あぁ・・・マスターってマジで絵がうまいよなぁ~・・・ん!?マスター、そのポスター!!!



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 マスターが免許取って最初に乗ったのもスーパーカブだったんスか!! 

 で、もう走らなくなった時に、そのスーパーカブ号をこのポスターに残して・・・
 そして、このポスターと・・・マスターの心の中でいつまでも元気なエンジン音を・・・

 マスター・・・俺・・・ん?馬鹿野郎っ!!オマエまで泣いてんじゃね~よ!!
 涙もろいのは俺の方だったじゃんかよ!!・・・オマエの“ヒノデカニ号”だって・・・



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「モモ」


 おぉ・・・そう言えば、この桃・・・ちょこっと咲いてきましたね・・・
 前に来た時はまだ全然咲いてなくって・・・ちっちゃな蕾で・・・

 黙ってましたが、この桃が咲く頃には・・・もう俺たちも・・・
 俺たち二人の“ヒノデカニ軍団”も解散かなって・・・

 
 でも、すっげ~カワイイ桃の花ッスね・・・



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 マスター・・・俺たち絶対にもっとでっかくなってマスターのトコに来ますよ!!
 だって、俺たちのトレードマークはなんてったって・・・日の出じゃないですか!!

 ですから、それまでこのベスパと・・・スーパーカブ、預かってくれませんか?
 きっとまた、俺たちみたいなのが来たら、見せてやって欲しいんですよ!
 心の中でかっ飛ばしてる・・・最高にごきげんな“ヒノデカニ号”を・・・



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桃の花が散ってしまう頃には、仲の良い二人はもう離れ離れになってゆく。
この物語の二人の少年もそう・・・あの夏の終わりの中学生もまた然り。
そして・・・そして、僕もまた、彼と離れ離れになってしまうのだろうか?

・・・まだ一度も会ってもいないというのに・・・
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by mary-joanna | 2010-04-07 00:49 | 酔ひもせず

ヒ.たった一度の僕の積みパン

  分かりました。私からは何もありませんので、
  mary-joannaさんにお任せしたいと思います。
  それでは、どうぞ宜しくお願い致します。



例の二つの決断を下したあの夜から3日が過ぎた日の事、メールの返事が届いていた。
これまでの所、どのように考えてみてもゴールに導かれる確実な情報は一つも無かった。
ヒントらしい情報といえば、先日訪れた伊勢崎のパン屋の店主が語ってくれた話くらいで、
リストの店の紹介の有無にかかわらず、あのグループからは何の音沙汰も無かったのだ。
だからこの“二つ目の”決断は、僕にとって最後のチャンスであり大きな賭けでもあった。
それでも僕は、今回のこの申し出にOKを貰える事を期待して、事を進めていたのだ。

実際には、先日の恵比寿にあるリノベイトカフェを紹介した際に“最後の東京ツアー”と
銘打って紹介していたように、更にもう一軒、例のリストに関わるある店にも訪れていた。
もしかしたら、この店はリストを僕に渡した二人にとって想定外だったのではないだろうか。
何故なら、この店は本来なら訪れる謂れの無い店なのだから。僕が本当に必要だったのは・・・


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3月末の麗らかな陽気の緩い休日、件の物語の主人公は目的を達成する事はおろか、
表参道の駅に下り立つ事も南青山の路地裏を彷徨う事も無く悶々とした一日を過ごした。
それはもう彼是2年も前の話であり、今は南青山に赴く目的も無くなってしまったのだが・・・

だが、こうして僕がやって来た駅もまた、他でもない表参道なのだった。
小雨が降る中、駅を早々にあとにして表参道を明治神宮方面へと歩み出す。
彼の存在を知るきっかけとなったそのパン屋とは全く反対の方向であったが・・・


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当初僕が想定していたのに比べて、実際の人通りは随分と疎らにすら感じた。
尤も休日ではあったが、この日の天候と肌寒さを考えれば無理もないのだろう。

緩やかな坂道になっている歩道を小走りに進み、すっかり枝だけになった街路樹の
間から向かい側のヒルズの長い建物を横目に、明治通りの交差点が見え始めた頃・・・


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GYRE(ジャイル)


奇抜な建造物が立ち並ぶ表参道の中でもひと際目を惹く漆黒のストラクチュアが姿を現す。

一段一段、ブロックのような立方体を少しづつずらしながら螺旋状に積み上げた様は、
まるでNYのグッゲンハイム美術館に対する21世紀のアンサーにも思えてしまった。
ブラックとホワイト・・・スクエアーとサークル・・・東京とNY・・・21世紀と20世紀・・・

だが、この摩訶不思議な黒い箱の中に収められているのは現代美術作品ではなかった。


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美術品に代わってこの箱を満たしているのは、国内外を代表するハイエンドブランドの数々。

先ず目を惹くのは、入り口正面に迫り出したファサード下のBVLGARIとCHANELの文字だろう。
更には、あのMoMA(ニューヨーク近代美術館)がセレクトした国外初となるデザインストアや、
飲食店においては独特のコンセプトによる鉄板料理でミシュランを獲得した表参道うかい亭に
BVLGARI IL CAFE等、錚々たる面々がこの大きな渦の中で煌びやかに弧を描いていた。

そんなスペシャルな個性の一翼を担う存在になっていたのだ・・・だって、その名からして・・・
その店は地下1階にあり、正面入り口の脇には直通の専用階段が設けられていた。


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d'une rarete


 3学期の授業も終わった3月の後半の週末、
 僕は彼女と原宿でデートする約束をしていた。
 1・2月が受験の時期で行けなかったので、
 今年初めての“原宿ツアー?”ということになる。
 お約束のコースといきたいところだが、服も音楽も
 全く趣味の異なる彼女が一緒・・・

 「ねぇ、どこか行きたいトコって、あるの?」

 「コレで見たパン屋さんが気になるんだけど・・・」

 と、女性誌のパン屋特集の1ページを開いて見せた。

 「d'une rarete・・・デュヌ・・・ラルテ?」

 「うん!ココのパンってとっても変わってるんだって!」

 「そう・・・じゃあ、場所、調べておくね。」



そもそも全ての物語の始まりは、主人公の彼女が見せた女性誌の1ページに
掲載されていたとされる1軒のパン屋と、その店のパンを紹介したブログの文言。
そして、遂に僕は物語の主人公が訪れる事のなかったその店の前に来ていたのだ。


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しかし、店の様子は物語で僕が目にしていたそれとは似ても似付かなかった。

天井や内壁は言うに及ばず床のタイルから商品を陳列する棚に至るまでホワイトで
統一された空間は、まるで真っ白な雲の中にパンが浮いているようにすら思えたが、
目の前に広がっている空間は、ホワイトではなく鮮やかなイエローに統一されていた。

物語が書かれて数ヶ月の後、このイエローの店舗が2号店として表参道にオープンし、
それから更に時間が過ぎ、物語の舞台となったホワイトの店舗はクローズしてしまった。

所詮2号店では・・・あのホワイトの店でなければ・・・いや、大丈夫だ、何故ならば肝心の・・・


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それに“類い稀な”パン屋のスピリッツは此処にもちゃんと受け継がれていた・・・例えば・・・

横長に伸びたガラス棚の中と上に整然と並べられたパンや焼き菓子、コンフィチュールの瓶、
更にはその向こう側に見える工房のステンレス棚にストックされたパンの一つに至るまで、
まるで先ほど紹介したブランドの店内を彩る雑貨や宝石のようにディスプレイされていた。

店舗と工房とを仕切るように一番奥に置かれた鮮やかなオレンジ色のショーケースは、
南青山の真っ白な店内で唯一ビビッドなカラーで異彩を放った、例のケースだった。

そして何よりも僕を安心させたのは、この個性極まりない空間に並んだパンの数々。


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この店を訪れた目的は勿論決まっているけれど、ずらりと並んだ魅力的な
個性を前にして、彼等を素通りして立ち去る事なんて到底出来なかった。

そろそろ終わってしまうであろう季節限定の林檎に・・・


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ラルテ・アマンド


ハリネズミ?・・・と思わず呟いてしまった此方は、何とクロワッサンがベースとの事。


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他にも数種類の他の店では決してお目にかかる事の出来ないまさに類い希な個性を
オーダーした僕はその象徴とも呼ぶべき2種類のパンを探すべく、ケースを見回した。

そう、今回此方に来た目的を果たす為に・・・


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シリンドル


まるでこの建物のように渦を巻き螺旋を描きながら真っ直ぐに起立する一団。
彼等もまた、積みパンの主と同様に僕の・・・そして、彼の心を捉えて離さなかった・・・


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キュブ


あった・・・やっぱり此処にあったんだ・・・
しかも、ちゃんと“積みパン”しているじゃないか!


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りんごのパイ


パイ生地を上手に細工して美しい装飾が施され、名前も“ショソン・オ・ポム”と
洒落た呼び名が主流になってきた今日に、敢えてシンプル極まりない三角形と
全然ひねりの無い“りんごのパイ”というネーミングだなんて、全くこの店は・・・

艶やかな淡い小麦色の表面はパリパリっとして、ほど良いサクサクの層が、
中に詰まったリンゴのコンポートとの絶妙なバランスを保っている感じがした。

バター&砂糖でピューレ状になるまで煮詰めたというリンゴはとろりとした
舌触りにとろけるような甘さと仄かな酸味、バターのコクが溶け合っていて、
パイの層に絡み付いていた・・・一度食べ始めたら、もう止まらなくって・・・


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ラルテ・アマンド


ショーケースの中でのんびり休んでいた“ハリネズミ”くんを連れて帰る事にした。
表面を覆い尽くす“ハリネズミ”は、スライスアーモンドを立てたものであったけれど、
この作業の手間だけでも、此処の店のパンにかける情熱と拘りが伺い知れるのだった。

アーモンドとクロワッサン生地のバリバリとした歯応えと香ばしさはお互いが
絶妙なバランスで絡み合いながら広がっていく。更に中に進むにつれて、
クレームダマンドのまろやかな甘さと風味が加わっていき、生地の方も
中心に進むにつれて、段々としっとりふんわりな感触になってゆく。

香ばしさのアクセントにはキルシュで薫り付けもなされていて・・・
単なる見た目に留まらない、奥深い一品に仕上がっていた。


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可愛らしいサイズのプチパンも2種類購入していた。


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安納(アンノウ)


種子島産の希少なサツマイモである、安納芋を練り込んだブリオッシュ。

ほんのりとサツマイモの色をしたしっとりの生地はひと口毎に優しい甘さが
広がって、そのしっとりふんわり感と共にウットリとした気持ちになってくる。

バターの風味が効いたなめらかなサツマイモペーストのホクホクとした
舌触りとまろやかな甘み、自然な風合いが生地と相まって心地良い。


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ショコトレフル


もう一品は先の安納と対照的に濃厚なチョコラのインパクトを感じられるデニッシュ。

パリパリサクサクの生地はチョコと生地の食感と香ばしさがこれまで体験した事の無い
全く新しい美味しさを伝えてくれ、しかもこの生地、中心に進むにつれてチョコの比率が
段々と増していくようにリッチで濃厚な風味と味わいに変化してゆくように感じられた。

真ん中はもう、しっとりで・・・ほろ苦くて・・・濃厚な甘さで・・・アナタに捧げたいくらいだ・・・


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シリンドル


幾層にも重なった薄い生地がまるでロール紙のように中心に向かって丁寧に巻かれていく。
クロワッサン?・・・ヴィエノワズリー?・・・今回の目的である“サイコロパン”もそうだったけれど、
実はこの摩訶不思議な渦巻きデニッシュ(なのか?)こそ、一目で衝撃を受けたパンなのだ。

パンと呼ぶには躊躇してしまうこの“物体”であるが、ハラハラとした層からはバターが
たっぷりと染み出してきて、ミルキーでリッチなバターのコクと仄かな甘みが、ひと口毎に
ふんわり食感と共に口の中いっぱいに広がっていって、何だか幸福な気分に誘われてゆく。

ショコラの方は、濃厚カカオの甘さとほろ苦さに、アクセントのラズベリーもマッチして、
この類い稀なパンが、決して見掛けの奇抜さだけを狙ったものでない事も証明していた。


そして・・・いよいよ・・・最初で最後の僕の“儀式”が始まるのだ・・・


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キュブ


William・・・もしこれを見ていたら、君が成し得なかった“積みパン”・・・

あの白い店じゃないけれど・・・お互いに一人者になってしまったけれど・・・
僕は彼に代わって君に“積みパン”を完成してあげたかったんだ・・・そして・・・
その事を話したからこそ、僕のリクエストに応えてくれる事になったんだよ。


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「ヒヤシンス(風信子)」


辺り一面に芳しい華やかな香りをまるで風に乗ってやって来たかのように運んでくれる・・・

そんなアナタとの初めての出会いは、未だ僕が幼い小学生だった頃。学校で希望販売した
あの水栽培の球根を友達と育てようって決めた時だったかな。その拙い知識と仕草で
暫くの間、キッチンのテーブルに置かれたアナタとの再会が、此処だなんて・・・

うん、でもその華麗な姿と薫りでうっとりと穏やかな気分になってくるよ・・・


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  早速のご返事、本当に有り難うございます。
  それでは先日お伝えした通りの日時と場所でお待ちしております。
  このElvis Cafeと・・・あの物語にとってかけがえのない特別な時と場所で・・・



僕は冒頭のメールの返事を、返信のメールではなく、
この類い希なパン屋を紹介する記事の最後に添えた。

勿論、彼“等”に知らせるという狙いがあった訳だが・・・

これで、今のところ僕に出来る全ての事は・・・うん、やり尽くしたと思っている。
この可愛らしい2色のサイコロパンのように、全てのピースを積み上げたつもりだ。
このまま彼の下まで積み上がるのか、それとも儚く崩れ去るのかは、知る由はない・・・






 なぁ、今日UPしたElvis Cafeを見たかい?
 Littleのヤツ、遂にやりやがったみたいだ!

 ええ、流石は私たちが認めただけの事はあるわね

 でも、Littleのおかげで遂にアイツ本人の口から
 ホントの事が聞き出せるってもんだぜ!
 あれから2年・・・オレなんて、もう学生じゃないし・・・orz
 じゃあさ、早いトコ“部長”に知らせなくっちゃ!

 ・・・だから、アンタはいつまで経っても“boy”なのよ!
 あの方がElvis Cafeをチェックしてない訳ないじゃない!
 それに最後の計画では、アンタは留守番なんだから!

 えっ!?・・・マジでオレ、留守番なの~~!?
 それにしても、オレたちがピグ使って会ってるなんて、
 Littleのヤツも思ってないだろうね~~ww

 そうね・・・あともう少し・・・遂にここまで・・・




※ 残り少ないのですが、次回はメインストーリーからちょっと離れたお話しになります!
※ ピグ・・・アメーバブログで行われるアバターのことで、仮想空間でチャット等が出来る
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by mary-joanna | 2010-03-26 10:50 | 酔ひもせず

ヱ(エ).ヱビス様のお導き

“友達の家”での、まるで夢を見ていたかのような午後のひと時は、
それまでの僕の緊張感を芯から解きほぐしてくれるのに十分だった。
だが、そんな束の間の休息も終わり、新たな緊張に包まれる事となる。

Elvis Cafeにとって最後の東京ツアーに決めていた日がやって来たのだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

少し前まではもっと悠長に考えていたんだ。勿論、“Xデー”は決めていた。
でも、仮にその日に間に合わなくても、僕にとって彼の日記に綴られる毎日が
まさにアニバーサリー。“Xデー”のこじ付けはそれこそ毎日のようにあったのだ。
それはまるで、恋する人と過ごす何気無い毎日が特別な記念日であるように・・・

それより寧ろ、新しい記事を完成させて編集画面の一番下にある例の、
あの“送信”ボタンをクリックする方が、刻一刻と迫ってくる全ての別れを
早めてしまっている気がして、何処か寂しく、そして切なく感じていたんだ。
だから僕は、僕と彼とを繋ぐたった一つの(しかも今にも切れてしまいそうな)
赤い糸のような存在である、このElvis Cafeとの別れを心の底から惜しみ、
可能ならその時が来るのを一秒でも先に延ばしたいと思うようになっていた。


話は先月に遡る。舞台は僕が勤務している足利市内の学習塾の一室。
(当然だが)これまでElvis Cafeには全く登場した事のない場所だったが、
此処で今後のストーリー展開に影響を及ぼす“ある発表”がなされたのだ。
3月初めのある日の事。上司に呼ばれた僕は何も知らずにドアをノックする。

それは寝耳に水?・・・それとも青天の霹靂?・・・いや、急転直下?・・・


  自分が・・・ですか?

  そうだ、これは我が塾にとって大事なプロジェクトなんだ。
  少々大袈裟かもしれないが、地方の中堅学習塾のウチが
  全国展開する為の足掛かりとして、そして生き残る為に、
  あのエリアで成功する事が如何しても必要なんだよ。
  だから・・・是非とも俺と一緒に来て欲しいんだ・・・



入社以来ずっと尊敬し、その背中を追い続けてきた先輩でもある上司の誘いの言葉。
それに、考えてみればこの半年もの間、僕の心身はElvis cafeのLittle Cindyによって
支配されてしまったみたいだった・・・ネットの中の人物によって、“実際の”僕は侵されて・・・


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そうして最後の東京ツアーの当日、僕が最初に選んだ地は・・・

こんにちは、恵比寿様。貴方といえば勿論、商売繁盛の神様ではありますが・・・
美味しいプレミアムなお酒の神様として、もうすっかりお馴染みになりましたね・・・

そして、彼もプレミアムなスイーツとお酒のマリアージュと称してこの地を訪れていた。
僕があの物語の中でキーパーソンと睨んだ人物に、主人公が紹介していた店のある街。
そう、まさにその店をこのElvis Cafeで紹介する事で、今後の展開に変化を起こしたかった。
残り少ない限られた時間と分量の中で、最後の悪あがきをする為に・・・賭けのつもりだけど・・・


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広尾方面に向かう為、先ほどの恵比寿様に別れを告げてた僕は駅の反対側に降りた。

降りて直ぐのスペースは、蜘蛛の巣のように放射状に広がる裏通りの起点となっていて、
東口から伸びる大通りやガーデンプレイスへと向かう通路の華やかさとは全く趣きを異にした
ダークでジャンクな裏通りといった雰囲気に包まれていたが・・・この、遺跡のような塔は一体・・・

そして僕もまた、何一つ表情を変える事無く数多の通行人の一人として駅を後にする。


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坂道を上ったり下ったり・・・分かれ道をいったりきたり・・・

恵比寿駅から10分、隣りの広尾駅との中間に位置するって書かれていたけれど、
プリントアウトしたyahooの地図を片手に、迷路のように入り組んだ路地や交差点を
思わず右往左往しながら呟いた。彼の日記には“高低差”までは無かったじゃないか!


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早い段階で直ぐ側まで来ていたのだ。ついさっき目の前を通り過ぎていたのだ。
ただ、この街並みに、この坂道沿いに、あまりにも自然に溶け込んでいたので、
すっかり見落としてしまったのかも知れない。何度も読み直した筈たのに・・・

隠れるようにひっそりと佇んでいたんだ・・・でも、誰かに見つけて欲しいように・・・


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BON sweets&smile


彼、Arnoldが、この店を“あの方”にどうしても見せたかったのは、
艶やかなスイーツが楽しめるから?・・・極上の酒に酔う事が出来るから?・・・

それとも、この先に待ち受けるまったりとした空間が、二人の距離を更に縮めて・・・


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“リノベイト”・・・

 Arnoldはこのスタイルの事を“リノベイト”という言葉で表現し、
 自身のお気に入りのカフェスタイルであると強調していた。



例の日記からそのまま引用してみたが、事実、この日記が本当に彼の作品ならば、
当の彼自身もまたArnoldと同様にこのスタイルを相当気に入っていたとみえる。
彼の日記にも同スタイルのカフェが数多登場し、情感たっぷりに紹介していた。

尤も、この外観を目にした数分後、僕はサプライズを経験する事になるのだが・・・


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本当に摩訶不思議な店なのだ。先ほど綴った“リノベイト”という修飾語句は、
恵比寿の繁華街から外れた路地お一角で、普通なら見向きもされぬ築数十年と
思しき物件を、その素朴で飾らない雰囲気はそのままに残しつつ決して古臭く
ならぬように上手く再構築しているところからの彼の賛辞には相違無いが・・・

BON(梵?)というネーミングや、何処か侘び寂びを匂わせるモスグリーンを
イメージカラーとしている一方で、店の雰囲気はスタイリッシュで遊び心を
感じさせ、その他の自然なリノベイトカフェとは大きく一線を画していた。

カウンターにちょこんと腰掛けたキミだって、この不思議な世界の住人だろう?


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入って直ぐのショーケースを彩るのは、艶やかに潤んだ淡いピンクのハートマーク。
やわらかそうなムースのぷるぷるっとした感触が此方にまで伝わってきそうだが、
何よりも気になってしまうのは、そのラブリーなハート型・・・あの人と・・・


外観からも気にはなっていたが、まさにうなぎの寝床とでも呼ぶのに相応しい、
一間ほどしかなかろうかという間口に対して、奥行きのある店内の1階は・・・


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キッチン兼カウンターに加え、その直ぐ向かいに設えたハイチェアーによる
セミスタンディングのテーブル席だけの、シンプルなバースタイルであった。

仕事帰りにヴィンテージ・ラムのロックをスイーツと一緒に軽く一杯・・・
甘い物と洋酒が好きな物語の主人公なら、きっと通い詰める事だろう。
でも、今回僕がElvis Cafeで紹介したいのは、この席ではなかった。


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サクラ


僕が訪れたのは、ソメイヨシノの開花には未だ間がある2月の終わり。
でも、生花店の店頭にはちらほらと桜の枝も見られるようになってきた。

それにしても、桜くらい日本の春を感じさせてくれる花は無いのではなかろうか。
一瞬のこの上ない艶やかさですら何処か控え目で、そして刹那の如く散ってゆく・・・
そんな、瞬間の美に魅せられて、彼も僅か十数回の物語にこの店を選んだのかな?
あの日記の中にも、同じカウンターの場所にさり気無く桜の枝を確認出来るのだった。


カウンターの横にある2階への狭い階段を上りきった空間で僕が目にしたものは・・・


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彼が紹介していた、ナチュラルな空気に包まれていたあの白い空間ではなかった。

そう、あの数枚の写真で見た白・・・星・・・花・・・緑・・・動物たち・・・全てが自然で、
細長い長方形に切り取られた筈の建物の一室を感じさせない広がりに満ちた・・・


白く輝く眩しい日差しは傾き、星が放つ光は鈍く曇り、花は美しい花弁を閉じ、
爽やかな緑は紅紫の大気にかすみ、動物たちは何処かへ走り去ってしまった。

だが、妖しいパープルの煙に覆われた空間は、それでいながら僕を強く挽き付けた。


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それでも窓際の席に通されると、窓から射し込む日差しが紫の空間と混ざり合って、
ナチュラルな側面とムーディーな側面とが渾然とした印象深い空間を作り上げていた。


彼等が提示した例のリスト、即ちArnold日記の店を全て訪れるつもりは無かった。
現存しない店や、すっかりその姿を変えてしまった店もあり、彼の日記を100%同じに
トレースする事など端から不可能であったし、僕の計画にもその選択肢は無かったのだ。
僕は僕の感性と判断でリストの店を選び、訪れ、紹介し、彼等と・・・あの人に訴えたかった。

そして、このBONと、東京ではもう一軒・・・“あの儀式”をしない事には・・・


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Desserts Au Choix


プリフィックススタイルのデザートセットで、ワンプレートにメインのスイーツが1品と、
サイドスイーツが2品、更にマリアージュするアルコールをチョイスして完成する。

実は僕が訪れた当日は、季節毎に変わるメインスイーツの最終日に当たり、
定番スイーツも迷ったが冬に別れを告げるべく季節のスイーツを選んだ。
焼き上がりに時間がかかるとの事であったが・・・15分後位だろうか・・・

やって来たのは三角形が印象深いガラスの平皿に盛られた3種のスイーツの共演。
思わず小さな声をあげてしまい・・・暫くの間、ただただ見惚れている他なかった。


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フォンダン・フロマージュ

メインに選んだ冬のスイーツは円筒状にシートに包まれ、皿の中央にちょこんと座っていた。
もし撮影するならシートを取る前にした方がよいとの事だったが、果たしてシートを捲ると・・・
クリーム色の液体がどろりと溶け出していって、皿の上いっぱいに流れ出すではないか!
しかも、チーズの薫りとクリームの風味が湯気と一緒にふわっと広がっていくなんて・・・

シートを覆う蓋のような、こんがりと焼かれたチーズのサクッと香ばしい事。溢れ出た
とろとろに溶けたクリームを慌てて掬ってひと口食べると・・・これまで食べた事の無い
熱々のチーズと滑らかなクリームの風味が濃厚な甘さで溶け合った全く新しい味わい!
溶け出したチーズ&クリームは、中心から周りのシートへと、だんだんと変化していき、
とろとろの感触がだんだんしっとりになり、絶妙なグラデーションを堪能出来るのだ。


焼きチョコスフレ&季節のフルーツコンポート(林檎)

サイドスイーツは定番が中心で、ソルベ・・・アイス・・・パンデビス・・・魅力的な名前が
メニューを踊っていたが、迷いに迷った挙句、上記の2品をチョイスする事にした。

ふんわりと焼かれたチョコスフレは、しっとりとしたガトーショコラの濃厚でほろ苦い
チョコの風味がクリームのまろやかな甘さでマイルドな口当たりになっていた。
更にフロマージュやショコラのまったりとしたスイーツに、林檎のコンポートの
ジューシーでさっぱりとした感触が良い意味でのアクセントとなってくれた。


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カルム・ド・リューセック


マリアージュのアルコールは3種類。ヴァン・ショー(ホット・ワイン)、シャンパン(ブリュット)も
気になったのだが、今回僕がチョイスしたのはソーテルヌ地方の貴腐葡萄を用いた白ワイン。

彼の1級シャトーであるラフィットが現在所有するシャトー・リューセックのセカンドワインで、
ソーテルヌ地方の代表種でもあるセミヨン100%の貴腐ブドウで作られた極甘口白ワインだ。
グラン・ヴァンは万単位にもなる高級ワインであり、セカンドとはいえ醸し出す雰囲気はリッチだ。

まるで蜂蜜のようにキラキラと輝き、艶やかに潤んだ黄金色は何時までも眺めていたくなる。
専用のグラスに鼻を近付けると、優しく鼻孔を刺激する仄かに甘く爽やかな心地良い薫り。
そのふわっと広がる薫りに堪えかね口を付けると、とろりとした液体が口の中いっぱいに
弾けて、蜜のたっぷりはいった完熟の林檎にも似た甘さと微かな酸味が広がっていく。


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後はひと口付ける度に、グラスを回し、薫りを楽しみ、口に含み、そして何時までも・・・
そう、中々諦めきれずに・・・この魅惑的な余韻に浸っていたかったのだ・・・


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さり気無く窓際に提げられたグリーンが目に眩しい・・・

この席は外のナチュラルな世界と中のムーディーな世界との境界線。
今、僕は現実の世界とElvis Cafeの世界との境界線に立っていた。

僕の身体と・・・そして、心はたった一つだけ・・・でも、此処で決着をつけないと・・・
グラスを回す手も何時の間にか止まり、グラスに映る自分の顔を見つめていた・・・


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フランボワーズのパウンドケーキ


帰り際にレジの前に置かれた皿で見つけた焼き菓子に、思わず手が伸びてしまった。

しっかりと焼き色の付いたパウンド生地とまるでおもちゃみたいな真っ白なフォンダン。
その中にポツポツと見え隠れする可愛らしいピンク色の水玉模様は・・・フランボワーズ!
お人形やアニメに出てくるお菓子みたいにキュートで・・・本当に食べられるのかなって・・・

しっとり生地のやわらかな口溶けに甘いフォンダンと甘酸っぱいフランボワーズが
マッチして、お気に入りのティーカップに熱い紅茶を注いでゆったり頂きたいね。


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「エリンジューム」


その身体から解き放たれた青く鋭い閃光が僕の心の一番奥底に突き刺さってくる。

お前が自分で決められないなら、俺がお前のもやもやを射抜いてやるからって・・・
いや、青き光のイニシャルよ・・・大丈夫だ、キミのお陰で僕は目が覚めたから・・・
それに・・・決心はついているからこそ、今こうしてこの店にやって来たんだ。

でも、キミのその花言葉は・・・そう、この店の紹介にぴったり過ぎるんだ・・・

全てが秘密で・・・そして、それは何時かきっと・・・


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  分かりました。是非、自分に行かせてください。

  そうか、やってくれるか!
  急だからな・・・これから忙しくなるぞ!
  早速だがな・・・



現実の世界の自分にケリをつけた僕は、その夜、ある人の下にメールを出した。
Elvis Cafeの世界を彷徨い続けた僕に・・・ケリをつける為に・・・
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by mary-joanna | 2010-03-16 17:03 | 酔ひもせず