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ス.Walkin' With Cindy (前篇)

  愛するとは、
  互いに見つめ合うことじゃない。
  ふたりで同じ方向を見ることだ。
     「Terre des Hommes」 Saint-Exupery



今日、この日まで・・・もし偶然何処かの街ですれ違ったとしても、僕は未だ
アナタにとって他の数百の人物と何ら変わる事の無い一人の人間に過ぎない。
僕はアナタにとって全く必要とされていないし、僕もまたアナタの輝きに気付かない。
僕もアナタも・・・お互いに街を通り過ぎてゆく数多の人物の一人に過ぎないのだから。

でも、あと数時間後、もしこれまでの僕の行いに間違いがなければ・・・
僕の願いが届くなら、僕はアナタにとって忘れる事の無い・・・ 


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この9ヶ月もの間、僕は旅し続けてきたんだ。あの前方に小さく見える橋をスタート地点にして、
自分の背丈より高い葦の森を掻き分けて、日常から忘れ去られた路地の裏を彷徨い歩き、
果てしなく続く大木のトンネルを潜り抜け、無機質に刻まれる都会の喧騒を走り切った。
そう、あの前方に見える橋の向こう側から一枚のメモを手にして橋を渡った瞬間から、
僕の、決して止まる事も躓く事も許されない・・・長く曲がりくねった旅路を・・・

そして、イロハニホヘト・・・全てのイニシャルを従えて、再びこのスタート地点に戻ってきた。
まるで時の歩みを止めてしまったような、微風が何一つ遮る事無く優しく囁く向こう側の世界。


今、一羽の鳥が僕の頭上を羽ばたいて橋の向こう側へと飛び去っていったような気がした。
直ぐに空を見上げた時には既にその黒い軌跡が微かな残像として残るので精一杯だったが、
僕はその黒い影に、この9ヶ月もの間、何度も出くわし、会話し、問い掛けてきた気がしたのだ。

これから始まるであろう、僕の最後の宴を先回りして待っているからとでも言いたそうに・・・


時の流れを止めたこの世界だったが、季節の移り変わりは橋の反対側より正確に刻まれていた。


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 田植えの時期から1ヶ月は過ぎたであろう、6月下旬・・・
 アスファルトの農道の左右を埋め尽くさんばかりに広がる黄緑の稲穂



前回僕が此の地訪れた際に“例の橋”の手前で感じとり、綴った情景は、
3月後半の今日、9ヶ月の時の流れを感じさせるべく一変していたのだった。

初夏の田植えを待たんとする煤茶けた剥き出しの土面から匂い立つ、
決してうっとりとした芳香とは言い難い、力強い大地と生命とが躍動する
それでいて何処か懐かしさを思い出す匂い。その周りを取り囲む土手から
湧き出るように敷き詰められた黄緑の敷物と薄紫や淡い黄色のの絨毯には、
春の訪れと言ってしまえば簡単ではあるが、僕の住む街では簡単に見る事が
出来なくなった毎年変わる事の無い、それでいて一時しか会えない情景なのだ。


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 コチラ側とアチラ側との “分岐点”


この前訪れた時と何一つ変わる事の無い、風雨に晒され汚れたコンクリートの小さな橋。
あの時拍子抜けしたちっぽけな橋を、今こうして再び渡る際の僕の心から湧き上がる、
この9ヶ月に及ぶ様々な旅の想い出・・・そして恐らくこれが最後の“ムコウ側”への・・・

そう、“ムコウ側”への体験だと思うと僕は・・・尤も、未だ2回目に過ぎないのだが・・・
あっけ無く渡ってしまったかって?・・・この橋に1時間も佇む余裕は無いんだ・・・

だって、もう既にあの黒い鳥は“ムコウ側”へと飛び去ってしまったのだから!


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橋を渡り(確か)二つ目の十字路を右に曲がると前方に見えてくるんだ。
左側にあのアーチ型の建物が・・・そして、これも半ば約束事であるように、
肝心の建物を素通りして小路の向かい側にある例の赤い水門へと歩み寄る。

写真で見ていたのよりも随分とちっぽけで、所々錆で赤茶けて塗装の剥げた、
あの水門に乗る為に、雑草を越えてコンクリートの用水路へと下りていく。


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何だよ、此処でも麗らかな春の訪れを僕に印象付けるつもりなのかい?

そんな事は十分に分っているんだ・・・“コチラ側”は何時までも変わらない・・・
変わってしまうのは僕等の方なんだって・・・でも、彼まで変わるなんて・・・


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natural french cafe mikumari


午前11時20分

平日の、Openの10分前に到着した店の駐車場には、1台の白い乗用車が
駐車場の一番端っこの、塀との間ギリギリに停められていただけだった。

ただ、車内には誰の姿も無く、駐車場から庭へと上がる階段の脇には
白くOpenと書かれた錆びた鉄板が、早々に掲げられていたのだ。


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駐車場には何処からか飛んで来て根を張り花を咲かせた蒲公英が彼方此方で
この店を訪れる人たちを出迎えているように感じた・・・端っこに停まっていた
白い乗用車がやや不自然なくらいに塀寄りだったのは、この蒲公英の花を
踏み付けないようにとの配慮なのでは、と深読みしていた・・・だって・・・


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だって、僕が思っていた人物なら、きっとそうするんじゃないかなって・・・

僕がこの店に予約を入れた時間は、Openと同時の11時半では無かった。
そこで、時間になるまで暫らく付近を散歩する事にして駐車場を後にした僕は、
店の前の小路を更に先へと歩く事にした。直ぐ先に小高い山があり、手前には
鳥居と石段が設けられていたので、その場所を目指してとぼとぼと歩き始めた。


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鳥居の傍らに立てられた掲示によれば、古墳塚に建立された神社との事。
この石段を上るのに躊躇は無く、不思議と何も考えずに境内まで上り切った。


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深い緑と静寂に覆われた空間で、遠くで聞こえる鳥の囀りと狛犬の鋭い眼光だけが、
僕の身体の全神経を捉えて強く刺激しているように感じた。それは緑に包まれるように
穏やかに、でも、全てを突き刺すような眼光に恐れおののく・・・不思議な間隔だったのだ。


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深緑の隙間から垣間見える“コチラ側”の全景が僕に安らぎを与えてくれた。

これで最後なのだって・・・今日、此処で決着を付けるんだって・・・
意気込んで此処までやって来たのが、嘘のように落ち着いてゆく・・・
これは、彼がこのカフェを紹介する際に綴っていた常套句ではないか!
僕は最後の最後で、彼のフィーリングに少しでもシンクロ出来たのだろうか?


ずっと眺めていた気がしたが、実際の時間はそれ程長くは無かった。
そして、約束の時間になり、僕はこの景色に別れを告げて石段を下った。


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時刻は既に正午を過ぎており、このアーチ型の建物の前にある駐車場には
地元栃木の宇都宮やとちぎナンバーは勿論の事、県外からの訪問者と思しき
複数の都県に渡るナンバーを付けた様々な車種の車によって埋め尽くされていた。

そして、僕はあの重厚な焦げ茶色の扉の前で呼吸を整え・・・ドアノブに手をかけた。


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あの時・・・そう、9ヶ月前に初めて訪れた時と全く変わる事の無い、木の温もりと
穏やかな日差しに優しく包まれている、ゆったりとした空気と薫りの流れる空間。

そして、この空間で店主の作る料理ともてなしで過ごすひと時の心地良さ・・・
やはり、この空間はそれまでの緊張を一時忘れさせてくれる夢のような・・・

いや、忘れてはいけない大事な目的を持って僕はこの空間にいるんだ。
それは探すまでもなく、最初から・・・そう、最初から分っているのさ・・・


穏やかな雰囲気とは裏腹に、全てのテーブルは予約した人たちで
埋め尽くされていた。その大半は2~3人の女性によるグループだった。
そして僕は迷う事無く、店内のある一角へと目を向けた。それはテーブルと
言うよりは壁を向くように設置されている、一枚板から成るカウンター席だった。


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向かい合っていない事からも主に一人の客の為に設けられているのだろう。
そして3つの椅子が並ぶカウンター席の真ん中に、一人の客が食事をしていた。
正午を過ぎたとはいえ、未だ他のテーブルに料理が並んでいない事から考えると、
先ほど駐車場に停められていた車の・・・つまり、今日の一番乗りがこの人物だった。


僕はその、運ばれたばかりの何ら手のつけられていないメインのカレーに、
これからスプーンを立てようとしている痩せた背の高い男性の隣りに座った。


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その男は少し驚いた面持ちで、スプーンを刺す手を止めて皿の上に置いた。

耳に掛るくらいのストレートの髪をやや中央で分け、色白でほっそりとした顔立ち。
年の程は20代後半から30代前半といったところだろうか・・・スキニーなジーンズと
タイトなライダースのシングルジャケットが細身の身体を更に強調しているようだった。


沈黙はほんの数秒で終わりを告げた。周りは談笑する他のお客でむしろ賑やかなくらいだ。
でも、僕の耳には周りの喧騒は伝わってこなかった。恐らく目の前の細身の男性も同じだろう。
先に沈黙を破ったのは他ならぬ僕の方だった・・・初めて・・・初めて彼に声をかけた瞬間だった。


 はじめまして・・・遂に・・・遂に会う事が出来ましたね・・・Cindyさん。


その男は一瞬驚いたような表情を見せたが、それは他に原因があるようにも思えた。
何故なら、僕の言葉を聞くと、僕ではなく僕の周りをキョロキョロと見回したからだった。

一瞬、あの狛犬のような鋭い視線を感じたが、直ぐに穏やかな表情に戻り、僕に答えた。


 そうか・・・君が・・・Little君なんだね・・・此方こそ、はじめまして。
 お互いに・・・色々と聞きたい事は山ほどあるだろうね・・・でも・・・
 折角のカレーが冷めてしまっては悲しいので、申し訳ないけど・・・


 勿論です、Cindyさん。何時まででも待ちますのでゆっくり召し上がって下さい。

 
 そうか、僕もこの後の予定は入ってないから、時間だったら大丈夫だよ。
 でもね・・・それならばLittle君、悪いが僕の右側に座ってくれないかい?
 だって・・・僕はポールの役だって事くらい君だったら既に分っているだろう?



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黒カレープレート


やっぱり彼、Cindyにはこのmikumariの黒カレーが良く似合っているよね。

Cindyの日記が未だ“Cindy's TALK”と名乗っていた頃の初めての紹介で
例のグループに名を連ねているあの青年がチョイスしたメニューでもあり、
何と言っても、“Arnold日記”でArnoldが最後に紹介したメニューが
mikumariのレギュラーメニューでもある、この黒カレープレート。

パソコンのモニター越しに、感嘆と羨望の眼差しを何回送った事だろうか・・・
そして、それは僕のこの日の為の・・・彼と会った記念の為のメニューでもあるんだ!


どうか今回だけは食事の実況シーン(?)は割愛させて頂きたいと思う。
尤も、決して上手く撮れた写真とは言えないが、この写真を見て頂ければ、
黒カレーのこの上ない美味しさや素晴らしさは多少なりとも伝わると思うので・・・


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 Little君・・・如何して君は僕が今日、この場所にやって来ると分ったんだい?


 Cindyさん・・・それは貴方が・・・僕ではなくて・・・僕が本来此処で会う筈の・・・


 えっ、それでは彼女は此処には来ないのか!?・・・ショコラノワールは!?



偶然にも周りの客たちの話し声が大きかったので目立たなかったが、彼の声と・・・
そして、その時の表情は、先ほど僕が初めて話し掛けた時の比ではない程だったのだ。


 ええ・・・彼女は来ませんよ。だって彼女に協力してもらったのですから。
 今日、此処で会う約束をElvis Cafeに書けば、必ず貴方が此処に来るって・・・



僕の言葉を遮るように、やや早口でCindyは僕に尋ねた・・・


 でも、如何して君が彼女と・・・何処でそんな・・・


 分りませんか、Cindyさん・・・僕はElvis Cafeに書きましたよ。


 ・・・!!! cafe la familleだね!!・・・そうか、だから・・・


 はい・・・流石Cindyさんですね・・・実はあの夜、彼女に会ったのです。
 そして、Cindyさんがショコラノワールさんの事を捜しているって事も・・・



僕は更に続けて言った・・・そう、僕が如何しても聞きたかった事を・・・


 Cindyさん、何故貴方はショコラノワールさんを追いかけているのですか?
 Cindyさんとショコラノワールさんの間には、何があったのですか?



彼からの返答は、思いの外冷静だったような気がした・・・あんな答えだったのに・・・


 Little君・・・Arnoldって人物は実在したんだ・・・彼は僕の実の兄だ。 
 そしてArnoldは、何らかの理由で、ショコラノワールと初めて会う・・・
 初めて会う約束をした、その日の朝に自殺したんだよ・・・
 





本来なら今回で終わらせる筈だったのですが、容量の関係で如何しても
一話で収める事が出来ず、今回だけ前後篇とさせて頂く事にしました・・・
次回こそ完結及び今後の報告をさせて頂きたいと思いますので、
どうぞ宜しくお願い致します・・・Mary-Joanna
by mary-joanna | 2010-05-04 20:50 | 酔ひもせず
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