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ヒ.たった一度の僕の積みパン

  分かりました。私からは何もありませんので、
  mary-joannaさんにお任せしたいと思います。
  それでは、どうぞ宜しくお願い致します。



例の二つの決断を下したあの夜から3日が過ぎた日の事、メールの返事が届いていた。
これまでの所、どのように考えてみてもゴールに導かれる確実な情報は一つも無かった。
ヒントらしい情報といえば、先日訪れた伊勢崎のパン屋の店主が語ってくれた話くらいで、
リストの店の紹介の有無にかかわらず、あのグループからは何の音沙汰も無かったのだ。
だからこの“二つ目の”決断は、僕にとって最後のチャンスであり大きな賭けでもあった。
それでも僕は、今回のこの申し出にOKを貰える事を期待して、事を進めていたのだ。

実際には、先日の恵比寿にあるリノベイトカフェを紹介した際に“最後の東京ツアー”と
銘打って紹介していたように、更にもう一軒、例のリストに関わるある店にも訪れていた。
もしかしたら、この店はリストを僕に渡した二人にとって想定外だったのではないだろうか。
何故なら、この店は本来なら訪れる謂れの無い店なのだから。僕が本当に必要だったのは・・・


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3月末の麗らかな陽気の緩い休日、件の物語の主人公は目的を達成する事はおろか、
表参道の駅に下り立つ事も南青山の路地裏を彷徨う事も無く悶々とした一日を過ごした。
それはもう彼是2年も前の話であり、今は南青山に赴く目的も無くなってしまったのだが・・・

だが、こうして僕がやって来た駅もまた、他でもない表参道なのだった。
小雨が降る中、駅を早々にあとにして表参道を明治神宮方面へと歩み出す。
彼の存在を知るきっかけとなったそのパン屋とは全く反対の方向であったが・・・


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当初僕が想定していたのに比べて、実際の人通りは随分と疎らにすら感じた。
尤も休日ではあったが、この日の天候と肌寒さを考えれば無理もないのだろう。

緩やかな坂道になっている歩道を小走りに進み、すっかり枝だけになった街路樹の
間から向かい側のヒルズの長い建物を横目に、明治通りの交差点が見え始めた頃・・・


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GYRE(ジャイル)


奇抜な建造物が立ち並ぶ表参道の中でもひと際目を惹く漆黒のストラクチュアが姿を現す。

一段一段、ブロックのような立方体を少しづつずらしながら螺旋状に積み上げた様は、
まるでNYのグッゲンハイム美術館に対する21世紀のアンサーにも思えてしまった。
ブラックとホワイト・・・スクエアーとサークル・・・東京とNY・・・21世紀と20世紀・・・

だが、この摩訶不思議な黒い箱の中に収められているのは現代美術作品ではなかった。


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美術品に代わってこの箱を満たしているのは、国内外を代表するハイエンドブランドの数々。

先ず目を惹くのは、入り口正面に迫り出したファサード下のBVLGARIとCHANELの文字だろう。
更には、あのMoMA(ニューヨーク近代美術館)がセレクトした国外初となるデザインストアや、
飲食店においては独特のコンセプトによる鉄板料理でミシュランを獲得した表参道うかい亭に
BVLGARI IL CAFE等、錚々たる面々がこの大きな渦の中で煌びやかに弧を描いていた。

そんなスペシャルな個性の一翼を担う存在になっていたのだ・・・だって、その名からして・・・
その店は地下1階にあり、正面入り口の脇には直通の専用階段が設けられていた。


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d'une rarete


 3学期の授業も終わった3月の後半の週末、
 僕は彼女と原宿でデートする約束をしていた。
 1・2月が受験の時期で行けなかったので、
 今年初めての“原宿ツアー?”ということになる。
 お約束のコースといきたいところだが、服も音楽も
 全く趣味の異なる彼女が一緒・・・

 「ねぇ、どこか行きたいトコって、あるの?」

 「コレで見たパン屋さんが気になるんだけど・・・」

 と、女性誌のパン屋特集の1ページを開いて見せた。

 「d'une rarete・・・デュヌ・・・ラルテ?」

 「うん!ココのパンってとっても変わってるんだって!」

 「そう・・・じゃあ、場所、調べておくね。」



そもそも全ての物語の始まりは、主人公の彼女が見せた女性誌の1ページに
掲載されていたとされる1軒のパン屋と、その店のパンを紹介したブログの文言。
そして、遂に僕は物語の主人公が訪れる事のなかったその店の前に来ていたのだ。


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しかし、店の様子は物語で僕が目にしていたそれとは似ても似付かなかった。

天井や内壁は言うに及ばず床のタイルから商品を陳列する棚に至るまでホワイトで
統一された空間は、まるで真っ白な雲の中にパンが浮いているようにすら思えたが、
目の前に広がっている空間は、ホワイトではなく鮮やかなイエローに統一されていた。

物語が書かれて数ヶ月の後、このイエローの店舗が2号店として表参道にオープンし、
それから更に時間が過ぎ、物語の舞台となったホワイトの店舗はクローズしてしまった。

所詮2号店では・・・あのホワイトの店でなければ・・・いや、大丈夫だ、何故ならば肝心の・・・


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それに“類い稀な”パン屋のスピリッツは此処にもちゃんと受け継がれていた・・・例えば・・・

横長に伸びたガラス棚の中と上に整然と並べられたパンや焼き菓子、コンフィチュールの瓶、
更にはその向こう側に見える工房のステンレス棚にストックされたパンの一つに至るまで、
まるで先ほど紹介したブランドの店内を彩る雑貨や宝石のようにディスプレイされていた。

店舗と工房とを仕切るように一番奥に置かれた鮮やかなオレンジ色のショーケースは、
南青山の真っ白な店内で唯一ビビッドなカラーで異彩を放った、例のケースだった。

そして何よりも僕を安心させたのは、この個性極まりない空間に並んだパンの数々。


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この店を訪れた目的は勿論決まっているけれど、ずらりと並んだ魅力的な
個性を前にして、彼等を素通りして立ち去る事なんて到底出来なかった。

そろそろ終わってしまうであろう季節限定の林檎に・・・


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ラルテ・アマンド


ハリネズミ?・・・と思わず呟いてしまった此方は、何とクロワッサンがベースとの事。


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他にも数種類の他の店では決してお目にかかる事の出来ないまさに類い希な個性を
オーダーした僕はその象徴とも呼ぶべき2種類のパンを探すべく、ケースを見回した。

そう、今回此方に来た目的を果たす為に・・・


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シリンドル


まるでこの建物のように渦を巻き螺旋を描きながら真っ直ぐに起立する一団。
彼等もまた、積みパンの主と同様に僕の・・・そして、彼の心を捉えて離さなかった・・・


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キュブ


あった・・・やっぱり此処にあったんだ・・・
しかも、ちゃんと“積みパン”しているじゃないか!


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りんごのパイ


パイ生地を上手に細工して美しい装飾が施され、名前も“ショソン・オ・ポム”と
洒落た呼び名が主流になってきた今日に、敢えてシンプル極まりない三角形と
全然ひねりの無い“りんごのパイ”というネーミングだなんて、全くこの店は・・・

艶やかな淡い小麦色の表面はパリパリっとして、ほど良いサクサクの層が、
中に詰まったリンゴのコンポートとの絶妙なバランスを保っている感じがした。

バター&砂糖でピューレ状になるまで煮詰めたというリンゴはとろりとした
舌触りにとろけるような甘さと仄かな酸味、バターのコクが溶け合っていて、
パイの層に絡み付いていた・・・一度食べ始めたら、もう止まらなくって・・・


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ラルテ・アマンド


ショーケースの中でのんびり休んでいた“ハリネズミ”くんを連れて帰る事にした。
表面を覆い尽くす“ハリネズミ”は、スライスアーモンドを立てたものであったけれど、
この作業の手間だけでも、此処の店のパンにかける情熱と拘りが伺い知れるのだった。

アーモンドとクロワッサン生地のバリバリとした歯応えと香ばしさはお互いが
絶妙なバランスで絡み合いながら広がっていく。更に中に進むにつれて、
クレームダマンドのまろやかな甘さと風味が加わっていき、生地の方も
中心に進むにつれて、段々としっとりふんわりな感触になってゆく。

香ばしさのアクセントにはキルシュで薫り付けもなされていて・・・
単なる見た目に留まらない、奥深い一品に仕上がっていた。


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可愛らしいサイズのプチパンも2種類購入していた。


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安納(アンノウ)


種子島産の希少なサツマイモである、安納芋を練り込んだブリオッシュ。

ほんのりとサツマイモの色をしたしっとりの生地はひと口毎に優しい甘さが
広がって、そのしっとりふんわり感と共にウットリとした気持ちになってくる。

バターの風味が効いたなめらかなサツマイモペーストのホクホクとした
舌触りとまろやかな甘み、自然な風合いが生地と相まって心地良い。


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ショコトレフル


もう一品は先の安納と対照的に濃厚なチョコラのインパクトを感じられるデニッシュ。

パリパリサクサクの生地はチョコと生地の食感と香ばしさがこれまで体験した事の無い
全く新しい美味しさを伝えてくれ、しかもこの生地、中心に進むにつれてチョコの比率が
段々と増していくようにリッチで濃厚な風味と味わいに変化してゆくように感じられた。

真ん中はもう、しっとりで・・・ほろ苦くて・・・濃厚な甘さで・・・アナタに捧げたいくらいだ・・・


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シリンドル


幾層にも重なった薄い生地がまるでロール紙のように中心に向かって丁寧に巻かれていく。
クロワッサン?・・・ヴィエノワズリー?・・・今回の目的である“サイコロパン”もそうだったけれど、
実はこの摩訶不思議な渦巻きデニッシュ(なのか?)こそ、一目で衝撃を受けたパンなのだ。

パンと呼ぶには躊躇してしまうこの“物体”であるが、ハラハラとした層からはバターが
たっぷりと染み出してきて、ミルキーでリッチなバターのコクと仄かな甘みが、ひと口毎に
ふんわり食感と共に口の中いっぱいに広がっていって、何だか幸福な気分に誘われてゆく。

ショコラの方は、濃厚カカオの甘さとほろ苦さに、アクセントのラズベリーもマッチして、
この類い稀なパンが、決して見掛けの奇抜さだけを狙ったものでない事も証明していた。


そして・・・いよいよ・・・最初で最後の僕の“儀式”が始まるのだ・・・


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キュブ


William・・・もしこれを見ていたら、君が成し得なかった“積みパン”・・・

あの白い店じゃないけれど・・・お互いに一人者になってしまったけれど・・・
僕は彼に代わって君に“積みパン”を完成してあげたかったんだ・・・そして・・・
その事を話したからこそ、僕のリクエストに応えてくれる事になったんだよ。


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「ヒヤシンス(風信子)」


辺り一面に芳しい華やかな香りをまるで風に乗ってやって来たかのように運んでくれる・・・

そんなアナタとの初めての出会いは、未だ僕が幼い小学生だった頃。学校で希望販売した
あの水栽培の球根を友達と育てようって決めた時だったかな。その拙い知識と仕草で
暫くの間、キッチンのテーブルに置かれたアナタとの再会が、此処だなんて・・・

うん、でもその華麗な姿と薫りでうっとりと穏やかな気分になってくるよ・・・


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  早速のご返事、本当に有り難うございます。
  それでは先日お伝えした通りの日時と場所でお待ちしております。
  このElvis Cafeと・・・あの物語にとってかけがえのない特別な時と場所で・・・



僕は冒頭のメールの返事を、返信のメールではなく、
この類い希なパン屋を紹介する記事の最後に添えた。

勿論、彼“等”に知らせるという狙いがあった訳だが・・・

これで、今のところ僕に出来る全ての事は・・・うん、やり尽くしたと思っている。
この可愛らしい2色のサイコロパンのように、全てのピースを積み上げたつもりだ。
このまま彼の下まで積み上がるのか、それとも儚く崩れ去るのかは、知る由はない・・・






 なぁ、今日UPしたElvis Cafeを見たかい?
 Littleのヤツ、遂にやりやがったみたいだ!

 ええ、流石は私たちが認めただけの事はあるわね

 でも、Littleのおかげで遂にアイツ本人の口から
 ホントの事が聞き出せるってもんだぜ!
 あれから2年・・・オレなんて、もう学生じゃないし・・・orz
 じゃあさ、早いトコ“部長”に知らせなくっちゃ!

 ・・・だから、アンタはいつまで経っても“boy”なのよ!
 あの方がElvis Cafeをチェックしてない訳ないじゃない!
 それに最後の計画では、アンタは留守番なんだから!

 えっ!?・・・マジでオレ、留守番なの~~!?
 それにしても、オレたちがピグ使って会ってるなんて、
 Littleのヤツも思ってないだろうね~~ww

 そうね・・・あともう少し・・・遂にここまで・・・




※ 残り少ないのですが、次回はメインストーリーからちょっと離れたお話しになります!
※ ピグ・・・アメーバブログで行われるアバターのことで、仮想空間でチャット等が出来る
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by mary-joanna | 2010-03-26 10:50 | 酔ひもせず
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