<< ユ.lily (リリィ) サ.湖面に輝く澄んだ青 >>

キ.ピースパンのひとかけら(one piece)

或る冬の晴れた日の事、南東に向いたベランダの窓からは遅い朝の日光が燦々と降り注ぐ。
まさにスカイブルーと呼ぶに相応しい澄み切った青空を突き通して目に飛び込んでくるのは、
その周りの空の色をも変えてしまうほどの強い輝きを放ち全てを白銀に照らす太陽の光。
ゆっくりカーテンを開けてベランダに出ようとした青年は、その眩さに思わず目を伏せる。
昨夜も夜通しパソコンに向かっていたので尚更堪えるのだが、その表情は明るかった。
窓を開けると直ぐに感じるひんやりした空気と、後から続く日差しの温もりが心地良い。

さっきかけたヤカンの口から真っ白な湯気が立ち上る。パンの焼ける香ばしい薫りが、
差し込む日差しに負けんばかりにオーブントースターからキッチン全体に広がっていく。
飛び切り気持ちの良い朝だけ決めていた、水のブレンドという名前のコーヒー豆を挽くと
ふんわりと広がる甘いチョコレートのような薫りが青年の鼻孔を優しく擽ってくるのだった。

何の変哲もない、とても穏やかな朝の風景。こんなピースフルな朝が続けばいいなって、
こんなゆったりとした朝で一日を迎えたいなって、そう思った青年は焼き立てのパンを
ひと口齧って、淹れ立てのコーヒーをひと口啜って、お気に入りのコートに袖を通した。
袖口の解れから処分も考えたものの如何しても捨てられず自分で繕ったコートに・・・

そして、駆け込むように愛車の青い車に乗り込んだ。今日初めての忙しない動作。
何故かって?今朝のような穏やかな一日の始まりにぴったりなパンを焼く店が・・・
そう、ピースフルに満ちたパン屋が隣りの街に出来たって噂を確かめたかったから。


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目印はとり立てて変わったところの無い、普通の公園だった。
グラウンドを囲む遊具と木々の・・・朝日を浴びて、鳥たちが舞う。

初めて入る路地の、初めて訪れる住宅地。この街の中心を南北に貫く大きな国道には
そこそこ馴染みがあったにも拘らず、その国道から中に入った先に縦横に走っている
碁盤の目のような細い路地では、手にした店の地図すら何の役にも立たなかった。
同じように見える家屋の連なり、地図では確認出来なかった細く入り組んだ路地、
どの街にでもありそうな住宅街の風景が逆に迷路のように立ちはだかってくる。
そして、時間だけが過ぎて焦りすら感じ始めた頃、突然目の前に現れたんだ。

そう、これまでの不安や焦りを解き放し、穏やかで落ち着いた気持ちに誘う、
何だか長閑でピースフルな気持ちにしてくれる、この広い公園の前に・・・


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まるで迷宮のようにさえ感じた、初めて訪れた住宅街の、きっと中心に据えられた
だだっ広い公園は、特に変わった施設も遊具も無かったけど、この時の僕にとっては
砂漠の中で漸く辿り着いたオアシスのようだと表現しても決して言い過ぎでは無かった。

そんな平和の“オアシス”には、象さんだってのんびりゆったり寛いでいるんだ・・・


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・・・傍らでは、さり気無く季節を彩る花も咲いていて、訪れる人々の心を和ませてくれるのだ。


スイセン


その控え目で可憐な白と黄色の花の、何ともスマートな容姿と得も言われぬ芳香に、
青年は暫くの間ウットリと見つめてしまって・・・いや、自惚れるつもりは無いんだけど、
でも、このブログを始めるまで公園に咲く花をのんびり眺める事なんて・・・無かったなぁ・・・


迷いや不安もすっかり取り除かれ、穏やかな気持ちにしてくた公園を起点にして
地図を見直してみると、これまで迷っていたのが嘘のように目的の店に辿り着いた。


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店の軒先には数本の木が植えられていて、秋の実りの名残りが出迎えてくれた。
更に青年の目に飛び込んだのは、久しぶりの再会になるイニシャルの花・・・


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ヤツデ


緑色した大きな“おてて”の葉と白くて丸くて可愛い“ぼんぼり”の花。

森の中のパン屋で出会った小鳥たちに誘われて、地元足利の隣りの街の山の上で
真っ赤に腫らした小さな“おてて”を優しく見守る大きな“おてて”に出会ったのも・・・

そう、此処、群馬県太田市だったよなぁ・・・そして、この住宅街の中に出来たのが・・・


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Pan Peace


この、昨年末にオープンしたばかりのパン屋こそ、ひとつなぎの秘宝(One Piece)にも
負けない大切な宝物を求めて未知なる大海原へと一歩を踏み出した・・・冒険者なんだ!


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さぁ・・・見渡す限りの大空へ平和への狼煙を揚げ、真新しい幟を掲げるんだ!!

でも彼等が求める宝物って?・・・それは、勿論・・・


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そう、世界の海賊たちが追い求める秘宝(One Piece)にも勝るとも劣らない、それは、
世界の人たちに平和な気持ちと笑顔(Pan Peace)を与える美味しそうなパンの数々・・・

ほらっ、ズラリと並んだ沢山のパンを眺めるだけで、自然と笑みがこぼれてくるんだ!


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まず目に付いたのは、この店の店主が特に力を入れているというハード系のパン。

ゴツゴツとしたパンの表面を覆っているのは其々が個性豊かな表情を見せる
褐色に焼かれた皮とゼブラ状に入ったアーティスティックなクープのライン。

くるみ・・・レーズン・・・いちじく・・・単独でも売られていたナッツやドライフルーツが、
このハードパンたちを更に味わい深い魅力溢れる逸品へと仕上げてくれていた。


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横長の店内を占めているのは、まるで大洋を悠々と進む大きな筏のように
細長い竹筒を組み上げて作られた一枚のパンの棚。その上に乗っているのは、
先のハード系をはじめ、クロワッサンやベーグル、バゲットと、様々なクルーたち!

子どもからお年寄りまで、みんなの平和と笑顔への冒険には色々な個性を持った
多種多様の美味しいパンの協力が必要不可欠なんだ・・・此処の乗組員みたいにね。


この店にとって個性的なのは何もパンに限った事では無かった・・・
例えば、パンを切り分けるカッティングボード一つとっても・・・


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切株のまな板だなんで、ナチュラルなこの空間に良く似合っているよ!


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それに、さり気無い観葉植物にだって癒されてしまう・・・癒されると言えば・・・


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壁から提がった此方のひょうたん・・・何とスピーカーになっていたなんて!

こんなところから音が出るのだから・・・その緩やかな音楽に穏やかな気分に・・・


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店内はピースフルな空気で満ち溢れていて・・・ほらっ、此処にだって!
そう、棚の上に取り置かれた食パンには、この店の名前を冠するマークが・・・


長閑な午前の空気を切り裂くように忙しなく家を駆け出した青年であったが、
店を発つ頃にはすっかり時間も気にせず大らかな気分でいっぱいになっていた。
そんな優雅でのんびりした雰囲気でランチのひと時を過ごすのも最高じゃ無いか!


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クロワッサン


マットな表面が印象的なグルグルと渦を巻くクロワッサン。

幾重にも重なってきっちりと巻かれた表面の層は芸術的で美しい。
カリカリして香ばしい表面から同時に広がるバターの仄かに甘い香り。

手に持つとパリッとした表面の層からは想像もつかない位にふっくらした弾力。
そして、まるで年輪のような綺麗な渦の、ふかふかで・・・やわらかい事!!

仄かに薫る優しい小麦の風味と口の中に広がる芳醇なバターのコクが堪らない。
ハード系の無骨なパンのみならず、こんな繊細なクロワッサンまで仕上げるなんて、
このパン屋の“船長”のセンスとパッションには・・・本当に白旗を揚げそうだよ!


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ベーグル


先日湖畔の喫茶店で買ってすっかりはまってしまったベーグル・・・
“筏”に乗っていたのを見逃す事無く連れて帰ると、先ずはひと口・・・

黄金色の表面は今にも割れそうなほどパンパンに膨らんでいて、
思いっきり歯を立てて豪快に噛り付く!すると、美しい狐色の薄皮が
ペタペタッと舌先に吸い付いてきて何とも楽しい食感では無いか!!

パリッとした薄皮の中には、もちもちっとしてきめの細かい滑らかな生地が
ギュッと詰まって、この癖になるもっちり加減に青年は夢中になって食べていた。

食感も然る事ながら、シンプルで仄かな甘みと粉の爽やかな風味を感じさせる
この生地の味わいには、青年の中で暫くベーグルのブームが続きそうな気がした。


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スコーン


ずんぐりむっくり円柱型のフォルムは、まるで今にも口を開こうとする“貝がら”だね。

一目見るからに香ばしく焼かれた狐色の表面の、ボコッと張り裂けた側面が
焼き菓子好きな青年の食欲を刺激して、思わずひと口に齧り付いてしまう。

ザクザクと小気味良い音を立て口の中でホロホロと崩れてゆくスコーンの、
ひと口頬張る度に口中いっぱいに漂う香ばしさとまろやかな風味に加え、
シンプルな粉の甘みが一緒になってさ~っと溶けて無くなってしまう。

しかも全粒粉の素朴な風味が爽やかさも醸し出しているなんて・・・
そのままでも、お気に入りのジャムやクリームを付けても、
きっとみんなのスタンダードになる事、間違い無しだね!


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ミルククリームパン


大きな葉巻みたいなビジュアルの、可愛らしいサイズのクリームパンは、
パンとパンの仕切りのように縦にディスプレイされた姿に一目惚れしていた。


表面に規則正しく入った凹凸の表面は見た目の美しさは勿論の事、思ったよりも
パリッとしたサクサク感があって、しかもふんわりとした軽さもしっかりと楽しめる。
そして勿論、中の生地はクリームパンらしくふんわりとして、口溶けも滑らかだ。

しかし、何と言っても普通のクリームパンと違うのが、このミルククリームだ。

滑らかなミルククリームは、ややねっとりとした舌触りで生地に良く馴染んでいた。
ほんのりした控え目な甘さに絞りたてのバターのようなミルキー感がマッチしている。
ふんわりの生地にたっぷりと付けて一緒に頬張った瞬間の優しいミルクの風合いが良い。


今までに味わった事の無いクリームパンなのに、何処か懐かしい・・・ママの味、かな?
そして、このミルククリームパンと同様に、良く知っている筈の菓子パンの・・・


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あんぱん


これが・・・僕が幼少の頃から親しんできた菓子パンの代名詞、“あんぱん”なのか!?

こんなビジュアルをしたあんぱんは、それこそ百軒をゆうに超えるパン屋の中の、
数え切れない程のあんぱんを紹介してきた彼のブログでも全く見たことの無い・・・

そう、言うなればまさに・・・“ブラン・ニューな”あんぱんの誕生なんだ!!

バリバリに焼かれた皮は、ハード系のパンが好きだというシェフならではの仕上がりで、
その噛み応えと香ばしさは堪らなく美味しく、そのガシガシとした歯応えのハードな皮からは
想像もつかない程のもちもちっとした生地でパン全体がぽっこりとした球状にふくらんでいた。

そのもちもちの生地の、まるで餅のように伸びてふんわりとした滑らかな食感が堪らない。
更に、四方に裂けた皮から見え隠れする小豆色の粒々は今にも火口から噴き出す熔岩だ。
丁寧に炊かれた粒餡は、小豆の形状を保ちつつも、ぷっくらとして、一粒一粒がほんのり甘く、
そして口に入れた瞬間のホクホクな餡の感触は舌先から滑るように広がって溶けてゆくのだ。


この皮・・・この生地・・・この餡・・・

全てのバランスが他には考えられない位マッチして、そして新しいなんて・・・

“ブラン・ニューな”パン屋で出会った、“ブラン・ニューな”あんぱんは、
同時に青年の心を捉える“スタンダードな”あんぱんにもなっていた。


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ミルクミニ食パン


ピースフルなパン屋で見つけたピースマークの入った食パン。

店の棚にあったレギュラーサイズも良いけれど・・・こんなにちっちゃいのに
パンの端っこには、ちゃんとピースマークが入っているじゃあ無いか!!

耳の焦げ目はザクザクして、これだけでも十分に美味しかったけれど、
中の生地はしっとりとして、もちもちとして、勿論、ふんわりしているよ!
そして、このパン屋の生地はどれもシンプルなのに心地良い小麦の香りと
仄かな甘み、ミルクの風味が優しく伝わって・・・穏やかな気分になれるんだ。


だから、そんなパンのひとかけら(piece)をムシャムシャと頬張る度に、
日頃の緊張した刺々しさも和らいで平和(peace)な気持ちになってくるよ。


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「キンセンカ(金盞花)」


黄金色の杯(盞)とはよく言ったものだが、これはこれは何とも可愛らしい杯だね。
でも、こんなにも明るくて可愛らしい花の花言葉が、“別れの悲しみ”だなんて・・・

航海へと旅立ってゆく冒険者たちとの別れを心配し、悲しむ残された者たちの
悲しみの印なのだろうか?それとも平和な旅路を祝う幸運の杯なのだろうか?
まぁ、そんなに大袈裟に例えなくても、このオレンジ色の花を眺めるだけで、
何時の間にか穏やかで落ち着いた気持ちになってくるのは確かだけどね。

唯、この青年にとって残された航海は最早あと少ししかなく、
目的地の影が見え始めてきたのだが・・・

でも、まだまだ分らないんだ・・・大きな謎が・・・


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by mary-joanna | 2010-02-06 16:14 | 浅き夢見じ
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