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ル.天空の白いカフェ

ブーランジェリーのサンドとベッカーのお菓子パン・・・
洗練された都心の丸の内と素朴な下町の上池袋・・・
優雅なテラスでの会話と懐かしい路地裏の散歩・・・

Elvis Cafe最初の(と言っておこう・・・また訪れるかも知れないから・・・)東京訪問は、
様々な角度から大都会東京の二つの側面を垣間見る事が出来た様な気がした。
それは何処か混沌としていて、不安ともワクワク感ともつかない何かが
僕の心を激しく揺さぶりながら大きく横たわっている様な・・・

・・・勿論その中にはあの青年が放った闇(?)も含まれていた・・・


確かにこれまでの何処か穏やかでのんびりとした草花探しには無い、
ドキドキする様な緊張感に僕は魅了されはじめていたのかも知れなかった。

でも、この次に訪れるのはそんな東京とは正反対に位置する場所と決めていた。


8月も後半に入り、漸く本来の夏らしい青空が広がる日が続く様になってきた。
今日訪れる予定の場所は、こんな青空が非常に良く似合っている所だった。

今回のルートだが、先ずは国道50号線を桐生方面へと向かって真っ直ぐ進み、
途中から重複していた122号線の方へと分かれて、桐生市内を北上してゆく。
更に旧大間々の市街で353号線に乗り換えると、後は暫く道なりに進むが、
やがて民家も疎らになってゆき、徐々に山道を上っているのに気が付く。

山道という事で、上っているだけでは無く左右にうねる様なカーブも続き、
周りの景色も落葉樹の林や丘陵の田園風景、また、牧場も見かけたりする。
そう、僕は赤城山の広大な裾野を、まるで弧を描く様に沿ってドライブしていたのだ。


まるで同じ場所をぐるぐる回っている様な変わり映えのしない山道が続いていたが、
突然視界が開けて目の前が明るくなると、僕は思わず息を呑んで車を停める事にした。


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うっすらと遠くに望むほぼ平行な位の幾層にも連なったなだらかな山々稜線が、
青白く霞んだ背景の淡い空色に段々と溶け込んで同化してしまいそうな程だった。
くっきりとした山並みの深緑が確認できる麓とその手前に広がる鮮やかな水田の黄緑との境、
そう、山の麓を境界線として数を増していく青や赤やグレーの民家の屋根、コンクリートの直方体。

まるでミニチュアの様に点々と置かれた集落をこうして高い位置から見下ろしてみると、
この現代に於いても自然の持つ圧倒的な雄大さはまだまだ健在なんだ、って感じてしまう・・・

その力は何も視覚によるものだけでは無く、下界の残暑を忘れさせてくれる様な涼やかな風が、
時おりビュウビュウと激しい音を立てて山間を吹き抜ける瞬間、ちょっとした怖さすら感じられるのだ。


兎に角、東京の街角では決してお目にかかる事の出来なかったこのパノラマに
僕は暫くの間魅了され、この後訪れる事にしている場所への期待が更に膨らんでいた。


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山を下り切ると目前には利根川に架かる大きな橋が現れてくる。

以前は北橘村と呼ばれたこの場所は、数年前、すぐ北側の赤城村などと共に
川の向こう側に位置する渋川市と合併し、現在では一地区としてその名を留めていた。


流石に視界を覆い尽くさんばかりの下流域の景観とはまた異なるものの、
こんなに上流の方までやって来ても、尚これだけ立派な水流を湛えているのは
やはり日本一の水量を誇る利根川ならではと感嘆しつつ、車を停めて橋桁に近寄った。

あの、先の方に見える山並みをゆっくりと眺めてみたいと思ったのも事実だが、
橋のたもと付近で偶然目に付いた、鮮やかな花が非常に気になったのだ。


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ノウゼンカズラ(凌霄花)


視界に飛び込んでくる鮮やかな橙色の花は周りの景色にも良く映えていた。

僕の背丈をもゆうに越えて、また四方へと伸びた蔓の一本一本からは、
大振りの蕾が沢山付いていて、その半分からやわらかな花を咲かせていた。

“大空をもしのぐ花”がその名の由来だと言われているらしいが、
思わず立ち止まって空を仰ぎ見た際の、真夏の青い空を切り裂く様に
すくすくと伸びていく鮮やかな花々にいっぱい元気をもらった気持ちになった。


更にもう一つ、僕の心を奪う可憐な花が咲いていた。


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ハクチョウソウ(白蝶草)


夏の終わりの澄んだ青空をヒラヒラと優雅に舞う純白の蝶々の群れ。
ピンと伸びた細い茎の先で羽を休めたり、じゃれ合っていたり・・・

そう言えば、この前は大粒のサクランボに誘われて雨の中をやって来たよね。
あの、雨露に潤んだ仄かに桃色付いた羽も綺麗だったけど、今日みたいな
眩しい太陽に照らされたスッキリとしたホワイトだってとても魅力的だよ。


道端に咲く夏の贈り物に別れを告げて、いよいよ目的の地へと足を踏み入れ・・・
いやいや、少し寄り道して行こうか。だって今日は時間に追われていないから・・・


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どのみち目的の場所へ行くには、この国道17号線バイパスを沼田方面へと
北上する事にはなるのだが・・・途中、通り沿いのとある施設で僕は車を停めた。


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彼の日記には遂に登場しなかった“道の駅”

地元で採れた季節ごとの新鮮な果物や野菜が購入出来るばかりか、
その果物や野菜をふんだんに使用したスイーツや料理だって頂けるのだから・・・

彼だったら見過ごしたりはしないと思うのだけれど・・・


だが、今回僕がこの道の駅を訪れるのは別の理由があったからだ。


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橋を渡る際に渋川市が近年の大合併によって現在の姿になった事に触れたが、
利根川の此方側とて例外ではなく、今僕がいる場所もかつて子持村と呼ばれていた。

その子持村の特産が“こんにゃく”だそうで、この道の駅にも入って直ぐの場所に
この様な専用コーナーが設置され、様々な種類のこんにゃく製品が売られていた。


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直売所を出た所には大振りのスイカが無造作に並べられていて、
側を通る人たちも足を止めて思い思いに品定めをしているみたいだった。

実際に購入する訳ではないのに、何時の間にか僕も目の前に立っていて、
このスイカは・・・いや、あっちの方が・・・と、夢中で選んでいたなんて・・・

でも、こんな光景も夏の風物詩のひとコマなのかな?、ってしみじみと感じていた。
そう、今日の旅行には心の中に余裕というか、ゆとりの様なものがあったのだ。


更に此処で購入する事が出来るのは、何も果物や野菜ばかりでは無かった。
今回の僕の目的こそ、この“道の駅”でこれらの食材に混ざって普通に売られていた。


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レンゲショウマ(蓮華升麻)


大きく開いた(とは言え3㎝程しか無いのだが・・・)真っ白な萼に守られる様に、
その中心には小さな花弁がちょんと座って、更にその中からまるで外の様子を
こっそりと覗き見するみたいにほんの少しだけ黄色い顔を出していた。

その花弁の淡い紫色と相俟って、平安の貴族が御簾からそっと外の様子を窺っている様な、
そんな気品に溢れた奥ゆかしさの感じられる姿を、この可憐な花に重ねてみたりしていた。


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初雪カズラ


縦に伸びたサーモンピンクからアイボリーのグラデーションが印象的で、
ふんわりとした柔らかな容姿の中に控えめな麗しさが感じられて、
僕は、晴れ着姿の女性の、あの凛とした佇まいを連想していた。

それにしても真夏の草花に“初雪”だなんて・・・風流だなぁ・・・


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ハイビスカス


レンゲショウマと初雪カズラのすぐ隣りには、何ともトロピカルなムードに満ち溢れた
まさに常夏のイメージを喚起させるこの大輪の花が飾られていて、先程までの
古風な情緒に浸っていた僕は、一気に陽気な夏の世界へと引き込まれた。

Elvis Cafeを始めるまでは花って春だけのものだと思っていたけれど、
この夏、様々なイメージを掻き立ててくれる素敵な草花と出会う事が出来た。



今僕がいるのは“道の駅”、言ってみれば単なる地域の直売所に過ぎない。
だから目を瞠る様な希少な草花も無ければ、状態や管理も決してベストでは無い。
直射日光を浴びながらケースごとその辺に置かれて萎び掛けているのだってあったのさ。

でもね・・・

此処には花屋さんとはまた違った花選びの魅力があるんだって教わったんだよ。
だからこそ、今回のイニシャルの花だってきっと・・・ほらっ、見つけたよ!!


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「ルリヤナギ(瑠璃柳)」


瑠璃色と言えば、例の宝石から何処か神秘的で深遠なブルーをつい連想してしまうのだが、
この花に冠された“瑠璃”は背景に比しても何とも淡く、ほんのりとした薄紫色をしていた。

更に葉っぱの形状が名前の由来との事であったが、僕はむしろ、時折り吹いてくる微風に
ゆらりゆらりとしなやかに揺らめく彼らの出で立ちの方がその名に相応しいのでは、と思った。


澄みきった薄青色の空の中、五芒星の形をした可愛らしい紫色の花が浮かんでいる。

こっちの花は仲良く並んで、あっちの花は少し離れて、五つ、六つと連なって・・・
紫色に広がる花弁の真ん中に、黄金色した雄しべと雌しべがキラリと輝いて・・・

まるで“お星様”が仲良く寄り添っている様なこのルリヤナギに、
そしてその名前に冠された瑠璃の惹き込まれる様な澄んだ青に、
満天の星が彩る夜空の中でもとりわけ美しく輝く青の星団、昴の姿を
僕は何時しか重ね合わせながら魅入っていたのかも知れなかった。

だって、今日僕は幾つも山を越えて此処までやって来たのだし、
これから向かう場所だって・・・そう、其処はもう天空の領域とさえ・・・


そして僕はこの淡い紫の“お星様”にある願い事をして、この場を離れた。


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「ルリヤナギ」との対面も果たした僕は、道の駅を後にしてもうひとつの大事な目的地、
この春彼が訪れたあの場所へと向かって再び国道17号線を北上する事にした。

視線の先にうっすらと横たわっている、なだらかな山々の稜線を眺めながら・・・


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17号線が旧子持村上白井地区に差し掛った頃、側道を山の方に向かって入っていくと
暫く上り道が続き、やがて周りが開けたかと思うと辺り一面が黄緑の絨毯に覆われる。

子持山を背にして正面から左手には赤城山の大きな裾野が、そして反対の右手には、
下方になだらかに広がる渋川市街とその向こう側に霞む榛名の山々の輪郭・・・

圧倒的な空間が僕の目の前に突然その姿を露わにしたのだ。
しかも、まるでこの一帯ごと宙に浮いている様な錯覚に陥る程だった。


Cindyもこの光景に歓喜し、写真を紹介していたが、あの縦長の窮屈な画像では
この広大なパノラマの魅力は伝え切れる術も無く、きっと彼も非常に悔しがったに違いない。

そして、この丘陵地を一面に覆っている緑の葉こそ・・・
先程道の駅で目にした此処、旧子持村の伝統的特産品の・・・


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蒟蒻の畑に他ならなかったのだ!!

あの薄暗い灰色の、むにゅっとした蒟蒻からは全く想像もつかない、
燦々と降り注ぐ太陽の日差しをいっぱいに浴びる生き生きとした緑の葉々。
この蒟蒻の葉が見渡す限り遥か遠くの方までずっと続いていたのだった。

で、この緑で敷き詰められたパノラマの終着地こそ、僕が目指した・・・


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あぁ・・・遂にこの真っ白な壁と切妻屋根の可愛らしいカフェにやって来たんだね。

彼の日記を見たあの日から、ずっとずっとこの日を待ち望んできたんだ。
そして、今、僕の目の前には夢だった白いカフェが現実のものとして建っている。


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彼の日記は勿論、こうして実物の真ん前に立ってこの建物を眺めてみると、
大きな三角と四角を合わせただけのシンプル極まりないフォルムに加え、
屋根のグレーと壁のホワイトのたった2色しか使われていない色構成。
眼下に見下ろす下界や遠くの山々を望む天上の様なロケーション。

スタイリッシュであり何処か非日常的なムードに包まれていたが、
この壁から突き出た屋根みたいな庇と横幅に対して高さのある木枠の扉、
シンプルながら非常にユニークなこのエントランスからも、そんなオーラが漂っていた。


この様な建物だからと、恐る恐るこの扉を開けて一歩中に踏み入れてみると・・・


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店の名の通りホワイトを基調としたナチュラルで明るいダイニングには、
柔らかな木目のシンプルで落ち着いたテーブル&チェアーで統一されていた。

穏やかで非常に落ち着いた印象の店内に、かえってビックリしてしまったのだ。
そして、入って直ぐの2人掛けのテーブルに通された僕は、彼が日記の中で
オススメしていたメニューとは異なるランチをオーダーしてみる事にした。


窓からは直ぐ向こうの蒟蒻畑の緑と、その先の天と地の境界線の様な
殆んど平行に近い遠くの山々の稜線を眺める事が出来た。

暫く眺めていると僕の目の前に大振りの皿がやって来た。


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チェダーチーズのベジタブルフォカッチャサンド


皿を回転させてサンドの断面が見えた瞬間、僕は思わずわぁ~っと呟いてしまった。
付け合わせのサラダだけでもたっぷりと野菜を採る事が出来るというのに・・・


チェダーチーズのまろやかな食感やコクのある旨味、パンや野菜に丁度良く合う塩加減に
真っ赤に熟したトマトのギュと詰まったジューシーな酸味が、ふんわりもちもちの生地に
仄かな小麦とオリーブオイルの風味が堪らないフォカッチャと良くマッチしていた。


だけど、やはりこのサンドの主人公は、ぎっしりと詰まった緑の野菜なのだった。
パンパンに膨らんだ財布の様にフォカッチャの形を変える位たっぷり入った
シャキシャキっとした食感の葉野菜の新鮮で瑞々しい事と言ったら・・・

窓の外の一面に広がる蒟蒻畑の、溢れんばかりの緑を連想していたのだ・・・


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ガトーショコラ


最近、様々なカフェでオーダーする機会が多くなったチョコレートのスイーツ。
真っ白な皿には黒一色の細長い三角形の塊、そして一枚の小さな緑。
まさにこのカフェそのものを具現化しているみたいじゃないか!!

チョコのほろ苦い甘さをクリームのまろやかさが優しく包んでくれて、
なめらかな口当たりでありながらホロっと崩れる食感と共に儚く溶けていく・・・


チョコレートのお菓子を食べると何時の間にかあの物語を重ね合わせてしまうのだ。
切ない甘さとほろ苦さ、優しさと冷たさ、気品に満ちていながらも親しみやすい・・・


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ピンクグレープフルーツジュース


これまでコーヒーやお茶ばかりだったので、今日は可愛らしいピンクのドリンクにしてみた。
それに、このカフェとピンク色とのギャップが逆にとても新鮮に映る様な気がしたのだ。

グレープフルーツをそのまま絞った様な、フレッシュで濃厚な味わいは、
あのキュンとした爽やかな甘酸っぱさとジューシーな舌触りが
ひと口飲む度に口の中いっぱいにふわっと広がってきた。

舌先に伝わるひんやりとした感覚が爽やかさと一緒に夏の午後を駆け抜けていく・・・


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カフェを後にした僕は、この丘陵に広がる蒟蒻畑の周りをゆっくり歩いてみる事にした。
畑の縁に植えられたピンクやオレンジの可愛い花が緑の中からピョコっと顔を出していた。

近くを歩いていた初老の男性が、これはヒャクニチソウだよって教えてくれた。


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ヒャクニチソウ


さっきのジュースと同じ色した、淡く綺麗なピンク色の花弁。

真っ青な大空を元気いっぱいに見上げるピンクの顔した君たちは、
夏の暑さにも負ける事無く、可愛らしい姿をひと夏の間楽しませてくれる。


この場所にいると・・・

何だかとっても空が青く、近くにある気がして・・・
何だかとっても空気がスッキリと、爽やかな感じがして・・・
何だかとっても穏やかで、大らかな気持ちになれる様な気がして・・・

この天空の緑の中にいると、何だかとっても・・・


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スイカがあった場所は何時の間にかカボチャのケースへと取って代わり、
長い様で短くもあった今年の夏も終わりを告げて、秋の装いへと変わってゆく。

心なしか行きに比べて下界の空気も涼やかになったと感じるのは、
単に陽が傾きかけてきたからだけでは無いだろう・・・

僕はこの秋に是非とも出会いたい草花たちを頭の中でリストアップしていた。
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by mary-joanna | 2009-09-10 10:00 | 散りぬるを
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